The Two-Hour Marathon: Who and When?

moriyasu11232010-10-27

『Journal of Applied Physiology ─Viewpoint Call for Comments─』
Viewpoint “The Two-Hour Marathon: Who and When?”
The January 2011 issue of the Journal of Applied Physiology will feature this article in the Viewpoint series.
You are invited to give your views on this issue by submitting a brief (250 word maximum, 5 references from peer reviewed publications only) commentary.
One of the 5 references should be to the Viewpoint article (see below).
Joyner MJ, Ruiz JR and Lucia A. Viewpoint "The Two-Hour Marathon: Who and When?" J Appl Physiol, in press 2010.
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Commentaries received by October 15, 2010 will be considered for publication in the January 2011 issue of the Journal of Applied Physiology.
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9月1日、上記メールが畏友K君のもとに届く。
「マラソンで最初に2時間を切るのは誰(どんな選手)でいつごろ実現できそうかについて、5つの論文(うち1編は指定されている)をリファレンスしつつ250ワードでまとめよ。面白く書けたらジャーナルに載せてやっから…」というのがその趣旨である。
Journal of Applied Physiology(JAP)というのは、日本の運動生理学の研究者が一度は自分の論文を載せてみたいと願うといわれる有力?ジャーナルである。
件のK君、在外研修先の米国のボス(女性)から「なぜ日本人は投稿を希望するジャーナルを聞くと(バカのひとつ覚えのように※筆者加筆)JAPとしか言わないのかしら? 投稿するジャーナルは<誰に読ませたいか>で決める(異なる)はずなのに…」と日本人研究者への苦言を呈されたことがあるらしい(もちろんK君のことではない)。
欧文の研究誌には「impact factor」という名の「格付け」がある。
格付け方法の詳細については寡聞にして知らないが、基本的には参考文献として取り上げられる頻度などによって決まるものらしい(要するにたくさん引用されれば上がるということ)。
K君に言わせれば、今回の企画も「impact factor」を上げるための戦略のひとつだそうである(だからJAPのin press論文の引用が義務づけられている)。
ちなみにこのJAPは、スポーツサイエンス分野の「impact factor」で常に上位にランクされているようであり、所謂「偏差値の高い」研究誌だということができる。
まあスタンダード&プアーズ(S&P)の「企業信用格付け」とか、GDPの国別ランキングみたいなものと見なせば、それが気になる人(分野)は気にするのだろうが、私のような人間にとってはどうでもよいことである。
とはいえこの「テーマ」自体は、私のような人間にとってもどうでもよくはない。
実はこの話、9月中旬にとある学会でK君から「面白そうだろ」と持ちかけられて以来、〆切直前まで梨のつぶてだったものである。
「どうする?」と連絡が来たのは〆切10日前で、Lasbimの学兄でK君の同僚でもあるOさんを交えた最初で最後の打合せは、ようやく〆切日の1週間前に行われることになる。
以下、打合せ前日のスカイプやりとり(抜粋)。

  • 100m世界記録保持者のボルト、あるいは5000&10000m世界記録保持者のベケレあたりでこじつけられればインパクトはありそうだ。
  • 1時間50分なら架空の話でもよいが、2時間となるとそう遠くない将来の可能性も視野に入れつつ現存選手をリアルに見たほうがよい。その点で、ボルトは現実味が薄い。
  • リアルに見てあれこれ議論する人は多数いると思うので、同じような内容だと目立たないのではないか。
  • ラソン2時間は1キロ「2分50秒6」、10000mにすると28分26秒のペースである。そう考えれば今より少しだけ速いペースという気もしないでもない。
  • とはいえ現世界記録(ゲブレセラシェ選手)のペースよりも1キロあたり5.7秒も速いが…
  • 1キロで6秒短縮するのは簡単ではないが、一昔前(約40年前)は1キロ3分5秒(2時間10分)がトップだったことを考えると、それほど先ではないような気もする。
  • ラソンと10000mや5000m(さらに1500m、800m?)の記録比は大いに参考になると思われる。
  • 「Who?」の答えは、どのような条件を備えた選手かということで固有名詞を挙げなくてもよいのかもしれない。挙げるにしても、その選手がどの様な条件を備えているかを示す必要があるだろう。
  • ワンジル選手が日本で成功したこと、瀬古利彦氏がもとは中距離選手だったこと、そしてケニア人の素質やモチベーションの優位性などを踏まえれば「ルディシャ(800m世界記録保持者)」あたりはどうか? 他から出てくることは恐らくないだろう。
  • スピードについては文句ない。身体が大きいと気温の低い冬のマラソンでは有利と聞くが、その条件も満たしている。

打合せ当日の議論では、せっかく日本から出すのだから日本の特徴を前面に出そうということになり、最終的に「持久係数(10000mとマラソンの記録比)」を導入することで意見の一致をみる(この時点でルディシャ案はボツ)。
そして日本人ランナーの持久係数が低い(10000m記録に比してマラソンの記録がよい)ことをポジティブ要因と捉え、ベケレ選手のスピードをもって日本式トレーニング(距離走?走り込み?)を導入すれば2時間は切れるという展開でいくことを確認する。
なんかいつもと言ってることちがくね?という向きもおありだろうが、上記の仮説は「世界最速を誇る長距離ランナーのベケレ選手」が導入するという点に肝があることを忘れてもらっては困る。
早速、高岡寿成選手やワンジル選手の持久係数を計算し、それにベケレ選手の10000m記録をかけてみると…ありゃりゃ2時間切れね〜でね〜の(涙)。
つまり、高岡選手は日本人としてはケニア人選手に近いプロフィールであり、ワンジル選手もケニア人選手に近いプロフィール(ケニア人だけど)なのである。
これを「マラソンに比べて10000mの記録が良い」とみるべきか、「10000mに比べてマラソンの記録が悪い」とみるべきかは判然としないが、いずれにせよ日本が誇る両ランナーの持久係数は使えないことが判明する(やる前に気づけよオレ達)。
そこで我々は、次なる作戦(つじつま合わせ)としてマラソン日本歴代10傑選手の平均値を採用してみることにする。
どうかな〜切れるかな〜……よし切れた!(パチパチ!)。
なお、When?については、そもそも数学モデルによる推定ではないし、特定の選手を想定してWhen?を語るのは困難と判断して触れないことにする(きっぱり)。
そして、最も難関である「日本式のトレーニングを取り入れるとどのような生理学的な利点があるのか」についてのリファレンスおよび英文執筆についてはK君に丸投げして散会(&飲み会に突入)。
後日、K君から以下のような概要でエントリーしたとの報が入る。

  • 骨格筋細胞のミトコンドリア容積(5%以下)は、遅筋線維の代表選手である心筋(40%)のそれと比較して圧倒的に少ない(すなわちトレーニングの余地あり)。
  • 心筋の持久性能力は、ミトコンドリアによる脂質代謝に関係している。
  • 日本人選手に特徴的な持久的トレーニング(走り込み?)は、骨格筋のミトコンドリア機能を亢進させる(可能性がある)。
  • 結果的に日本人選手は高い持久係数を獲得している。
  • ベケレが日本式トレーニングによって日本人レベルの持久係数が獲得できれば2時間切れちゃうぜ!(完)

ちなみに、スピードトレーニングや間欠的トレーニングでも同様の効果が期待できる可能性や、心筋と骨格筋を同じトレーナビリティを持った筋として扱ってよいのかなど難しいことを考えはじめると収拾がつかないので、あとはJAPのエディターに判断を委ねることにする。
果たして結果は「アクセプト!」(おめでとうオレたち!K君おつ!)
我々も含めて40編ほど掲載されているので希少感はそれほど高くないが、それでも旧知の友人達と盛り上がった「共同研究もどき」が形になるのは嬉しくもあり、日本式トレーニングを切り口にしたコメントが掲載されたのは何となく誇らしくもある。
いろいろな意味で実現の可能性は限りなく低いアイデアだが、そんなことはこの際どうでもよい。
この一連のプロセスの中に、研究活動の「原点」があると思われるのである。
早速、畏友T君からお祝いメールを頂戴する。

なんだろうなあ、マラソンサイエンスにおいては、トレーニングメソッドをめぐるグローバリズムローカリズムのせめぎあいが問題視されることになるのかなと感じたよ。
要するに、ベケレをはじめとした世界的なエリートランナーのトレーニングメソッドに日本的なスタンダードが加味され、劇的な記録向上が期待できる?とした場合、「人類」としては喜ばしいことなのかもしれない。しかし一方では、ベケレをはじめとしたアフリカ勢に「2時間を切らせる」ことに多くの関係者(科学者や指導者)がもろ手をあげて協力体制を築けない(築いてこなかった)ところに、違う意味での「おもしろさ」があるのかも。そこには、ナショナリズムを基盤としたローカリズムが存在しているのかもしれない。
一昔前までのマラソン大国であった日本やポルトガル、東欧諸国にとって、新興勢力であるアフリカ勢の隆盛は、一概に喜ばしいこととして受け入れられているわけではなく、むしろ「あいつら(アフリカ勢)にはかなわない。でもオリンピックの一発勝負だったら・・・」なる“野望”が底流しているのではないのかな。
今回のように、学会がグローバルな観点から、記録向上に向けたキャンペーンを掲げることは、一見するとトレーニングサイエンスのグローバリゼーションの動向を先導しようとしているとみることもできる(おそらく歓迎すべきことなのだろう)。
しかし一方では、特に指導者レベルで潜むローカリズムの存在を顕わにすることにもなるのかも。変な言い方だけど、日本のスタンダード(ローカリズム)とアフリカ勢のローカリズムがコラボレートして、アフリカ勢が簡単に2時間切ってしまったら、悔しい・・・。なんていう、「人類としての」記録向上とナショナリズムをめぐるジレンマが「関係者」の中に根強く存在している事実を発露してしまいかねないのかも。と感じた次第であるよ。
ラソン2時間はいつ?だれ?との問いに対して、スポーツ社会学の立場からは、「(When?)中山竹通氏がアメリカ生理学会員になったとき。(Who?)中山氏とアーメド・サラ氏が手がけた選手」と答えておこうかね(笑、でもかなりまじめ)。
いずれにしてもおもしろいね。こういうキャンペーンが学会で行なわれるっていうこと自体、刺激的だし、楽しい。
(2010年10月20日 大分大学T君のメールより抜粋)

グローバリズムローカリズムのせめぎあい」は、有史以来スポーツに常につきまとう問題である。
そしてそのせめぎ合いが、スポーツの「文化性」を担保してきたと同時に損なってもきたといえるのかもしれない。
ナショナリズムからインターナショナリズムへ」という流れも、「ナショナル」に拘泥するという意味での「ローカリズム」と捉えれば、「ネーション」という概念を超越した今日的な「グローバル社会」に求められる指向性もまた違った様相を呈してくる。
メダル獲得による「ナショナリティの輪郭化」という指向性は不可避とも言えるが、これは本来的な「グローバル社会」の成り立ちとは逆の発想でもある。
「グローバル社会」がいかなるものかについては判然としないが、このような時代に即した「ナショナル」のあり方を、今こそスポーツ界が積極的に問う必要はあるだろう。
「いずれにしてもおもしろいね。こういうキャンペーンが学会で行なわれるっていうこと自体、刺激的だし、楽しい」というT君の言葉にその核心がある。