幼児版アクティブ・チャイルド・プログラム

moriyasu11232015-05-11

最後の更新から約4ヶ月。
相変わらず書き下ろす時間をつくる能力がない状況が続いているが、新たに「幼児期からのアクティブ・チャイルド・プログラム」教材がリリースされたことを記念?して、今年度で三巡目に入った弊社ジャーナル(Sports Japan)に掲載された拙稿を再掲する。

人類はいつから“遊び”はじめたのか?
文化人類学者のサーリンズは、現存する採集・狩猟民族の生活を丹念に調査し、成人男女が1日に費やす労働(食料収集)時間が2〜3時間であり、集められた食料はひとり当たり2,300カロリーにも及ぶことを明らかにしています。この人類史上、最も自由時間に恵まれていたと考えられる人たちは、その時間をいったい何に費やしていたのでしょうか。実は様々な調査から、コマまわし、けん玉、あやとりやお手玉などの遊びや、つな引きや棒たおしなどの力くらべ、さらには陸上競技、水泳競技、球技や格闘技といった類のスポーツの原型までもが、すでにこの時代に存在していたことがわかってきています。
一般に「文化」とは、「人間が、単なる生物的存在以上のものとして、生の営みをよりよきものとするために、世代から世代へ創造的・発展的に受け継がれる行動様式の総体」であると定義されています。上記の人類学的エビデンスは、様々な遊びやスポーツが、宗教的儀式、身体(労働)能力の訓練、人間同士や集団間の親交・交流ツール、さらには世俗的な娯楽としてなど、多様な目的に結びつけられながらも、私たちの「生の営みをよりよきもの」にするために欠かせない「文化」として、今日に至るまで継承されてきたことを示唆しているといえるでしょう。
幼児期運動指針の策定
文部科学省の調査では、1週間の総運動時間(通学や体育授業を除く)が60分未満の児童・生徒の割合は、男子で約10%、女子では20〜30%にのぼることが示されていますが、子どもの運動(スポーツ)実施の二極化傾向は、すでに幼児期から始まっているといわれています。平成19〜21年度に実施された幼児を対象とする調査では、外遊び時間が一日60分未満の幼児が4割を超えており、その背景にある「体を動かす機会の減少」、「活発に体を動かす遊び(以下、運動遊び)の減少」、「自発的な運動の機会の減少」による「体の操作が未熟な幼児の増加」といった問題点が挙げられています。一方、同調査では、身体活動・運動の増強に積極的に取り組んだ幼稚園・保育所(園)とそれ以外の園を卒園した子どもたちを追跡調査し、前者の子どもたちは卒園後(小学1年生時)の運動の頻度、運動部(スポーツクラブ)の加入率および新体力テストの総合得点が後者に比べて高い傾向にあったことも示されています。
これらのエビデンスを踏まえて、文部科学省は、平成24年3月に「幼児はさまざまな遊びを中心に、毎日、合計60分以上、楽しく体を動かすことが大切です」という幼児期の運動指針を策定し、以下の3つのポイントを提示しています。
1)多様な動きが経験できるように様々な遊びを取り入れること:幼児期は運動機能が急速に発達し、基本的な動きを身につけやすい時期であることから、楽しく体を動かすことを通して、多様な動きを経験させることが大切です。
2)体を動かして遊ぶ時間を確保すること:多様な動きの獲得を目指すためには、身体活動量(時間)の確保も大切です。保育がない休日でも幼児が楽しく体を動かせるよう、保育者だけでなく保護者も共に体を動かす時間の確保が望まれます。
3)発達の特性に応じた遊びを提供すること:幼児の発達に応じて身体諸機能を十分に動かし、活動意欲を満足させることは、体を動かすことへの積極性を引き出すだけでなく、自己効力感(自身の向上可能性への期待感や信頼感、有能感)を育むことにつながります。
体を動かして遊ぶことは、体力・運動能力の向上をはじめ、健康的な体や意欲的な心の育成、社会適応力や認知的能力の発達などの恩恵をもたらすといわれていますが、幼児期運動指針では、これらの恩恵は「自発的に遊びを楽しむ」ことを通して得られるものであることが強調されています。したがって、幼児期には、子どもたちの興味や関心、意欲などを十分に考慮しながら、「楽しい」と「またやりたい」の循環に導く運動(遊び)習慣づくりが求められているといえるでしょう。
スポーツ少年団への幼児加入に向けて
トップアスリートのスポーツ歴に関する研究は国内外で盛んに行われていますが、例えば、スウェーデンの男子テニス選手の競技歴を競技レベル別に比較した研究では、世界レベルの選手には幼少年期にのどかな指導で伸び伸びと練習した地方出身者が多く、国内レベルの選手のほとんどが早期から専門的な指導を受けている都市部出身であったことが報告されています。また、この種の研究では、幼少年期に「楽しみ」の要素を重視しながら運動遊びや複数のスポーツを経験させておくことが、後に遭遇する失敗や困難、あるいは厳しいトレーニングに対して「きっとできる」という確信(自己効力感)を持って乗り越えることにつながるだけでなく、ドロップアウト燃え尽き症候群)やケガのリスクの低下につながる可能性も指摘されています。したがって、幼少年期に体を動かすことを「楽しむ(遊び)」経験を積んでおくことは、競技力向上を含めたあらゆる運動・スポーツ活動の礎を築くためにも重要であるといえそうです。
日本体育協会・日本スポーツ少年団では、幼児期の団員加入を進めるための環境整備の一環として「幼児期からのアクティブ・チャイルド・プログラム」を作成しました。本プログラムは、幼児期のうちに体を動かすことの楽しさや喜びを伝え、ひとりでも多くの運動・スポーツ好きの子どもを育んでいきたいという思いを込めて作成されたものです。なお、本プログラムの詳細については、本連載にてご紹介していく予定です。
運動しない子=運動ぎらい!?
およそ800年前に編まれたといわれる「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」の『遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ動がるれ』という一首はよく知られていますが、いまどきの公園には「ボール遊び禁止」、「大声禁止」、「自転車乗り入れ禁止」などの看板や張り紙を見かけることも少なくありません。実は、前述した1週間の総運動時間が60分未満の児童の約7割が、運動やスポーツをすることが「好き(やや好き)」と答え、半数以上が「もっとしたいと思う(やや思う)」と回答しているのです。これらのことは、「運動しない子=運動ぎらい」という単純な図式が成り立たないことだけでなく、先史以来の歴史をもつ運動遊びやスポーツが「文化」として継承されているとは言い難いことを示唆しているのかもしれません。
体を動かす時間、空間、仲間という「三間(サンマ)の減少」といわれて久しいですが、このサンマに、大人が子どもに対してかけるべき「手間」を加えた「四間(ヨンマ)」の減少が問題であるという指摘もあります。今以上にサンマを確保することが容易でないとすれば、目の前にある限られたサンマのなかで工夫する(手間をかける)ことによって、活動の質を高めていくことが喫緊の課題であることは言うまでもありません。
そして何よりも大切なことは、子どもたちが、様々な運動遊びやスポーツと関わる過程で、どうすればそれを「好き」になり、どのようなプロセスを経てそれが「大切」なものになるのか、さらにはそれが「豊かな社会」の構築にどのように寄与するのかについてリアルに問い続けることにあります。実はそれは、私たち大人の運動やスポーツへの関わり方が問われているということでもあるのです。
(2014年11月10日 拙稿『なぜ幼児期に体を動かして遊ぶことが大切なのか?』 Sports Japan 2015年5・6月号(vol.19)より抜粋)

「年(度)記」にならないよう鋭意努力しますので、今後ともよろしくお願いします。