ランニング学会大会 in 横浜(その1)

moriyasu11232010-03-16

14日の午後、第22回ランニング学会大会にて『相補的「予習」トレーニングとは?』という意味不明のタイトルで講演させていただくため、横浜国際総合競技場(通称日産スタジアム)内にある 横浜市スポーツ医科学センターに赴く。
昼までかかった息子の卒園式(2時間立ちっぱなしでのVTR撮影)終了後に、猛ダッシュで会場に駆けつける。
講演前にすでに疲労困憊状態。
とはいえ、学会の副会長が職場の上司、大会実行委員長が同僚研究員なので、しょーもない話をしたらお叱りを受けるのは必定。
PCをプロジェクターに繋げながら、息を整えて講演に備える。
座長は、大学院時代からのお友達である八戸大学S本G准教授
講演の冒頭、偉大なる先人達の言について紹介。

『ザトペックが創造したインターバルトレーニング
 私は考えたわけです。繰り返すだけでは復習しかないことと同じだと。
 予習、すなわち新しいことを習わなければ、進歩がないと。
 そこで予習とは何だろうと思ったときわかったのがスピードです。
(山西哲郎「創造性とスポーツトレーニング」体育の科学 58巻2号より抜粋)

リディアードのランニング・バイブル

リディアードのランニング・バイブル

レーニングの究極のねらいは、簡単な話、自分が出場しようとしているレースをスタートからゴールまで、自分が目標としているタイムを出すために必要とするスピードで走りきるだけのスタミナをつけることである。
(byリディアード氏)

本質的なことというのは、総じてシンプルなものである。
故に、その文脈や行間に挟まっている「情報化プロセス」について、可能な限り正確に読み解く必要がある。

本を読む本 (講談社学術文庫)

本を読む本 (講談社学術文庫)

書き手は、骨組みから出発してそれに肉や衣装をつけ、骨組みを「包み込もう」とするが、読み手は隠れている骨組みを「あばき出そう」とする。だから相互的とは言っても、著者と読み手とではこの二つの規則の守り方が違う。良い書き手は厚ぼったい脂肪の下に貧弱な骨組みを隠したりはしない。また骨が透けて見えるほどの薄い肉づけもしない。ほどよい肉づけがしてあれば、関節を探りあて、部分の接合の所在を知ることができる。
(byアドラー氏)

偉人達の言う「予習」「スピード」「スタミナ」とは何を指しているのか?
そしてこれらの「言葉」の安易な解釈が、私たちの思考や実践の足枷になってはいないか?という問題意識を呈示する。
手始めに「無酸素(無気)と有酸素(有気)」というテーマを掲げつつ、自身の研究について紹介。
1980年代にBrooksのグループが提唱した「乳酸シャトル」の考え方を踏まえ、「血中乳酸濃度 = 作られた量と使われた量の差 = 出す能力と使う能力の総合評価指標」という解釈により行った、最高血中乳酸濃度の相対値を用いた評価指標作成の試みについて、400m走能力を皮切りに、中距離走能力十種競技者の走能力とMART指標との関連について検討した研究データを示しつつ解説。
一連の研究から、トレーニングの目的は「有気vs無気」「乳酸の高低」といった生理学的能力の向上にあるのではなく、あくまでもパフォーマンス向上にあるという極めて当たり前の脱二元論的な視座へと導かれていく。
次に「スピードと持久力」。

『長距離王者のベケレがボルトに挑戦状』
陸上で短距離と長距離の王者が中間の距離で勝負したらどちらが勝つのか−。先の世界選手権で男子5000メートルと1万メートルの2冠に輝いたケネニサ・ベケレエチオピア)が3日、同選手権の100メートル、200メートルをともに世界新記録で制したウサイン・ボルト(ジャマイカ)に「彼が応じれば、対戦する準備はできている」と“挑戦状”を突きつけた。
問題は勝負する距離。
ボルトは「600メートルなら結構走れる。800メートルより長いと勝ち目はない」と言い、ベケレは「600メートルだとボルトに有利。700メートルは欲しい」。ベケレのマネジャーも「ボルト側に打診してみる」と実現の可能性を探るつもりだ。
(2009年9月4日 日刊スポーツ)

「スピード代表」のボルトと「持久力代表」のベケレによる700m付近での鬩ぎ合いは、「スピード vs 持久力」という二元論の超克へと誘うやりとりともいえる(詳細はコチラ)。
また、ポーラ・ラドクリフの縦断的研究において、3000m走パフォーマンスの向上に伴って最大酸素摂取量(VO2max)が低下するのは何故か?(ちなみにランニングエコノミーやLTは向上)、このパフォーマンスの向上はスピードの向上によるものか?持久力の向上によるものか?それとも…などの問いに導かれながら、短時間高強度インターバルトレーニングが効率よく持久的能力も改善するとか、高強度トレーニングによって乳酸トランスポーター(MCT1およびMCT4)が効果的に増えるなどなど…高強度トレーニングの有効性が様々な形で示唆されていることに触れる。
これらのことを踏まえると、「スピードと持久力」を分けて考えることで見失っているものがあるのではないか、そして「スピードと持久力」を同時に高めるようなトレーニングを模索すべきではないかと考えてみたくなるのである。
次に、JRA競走馬総合研究所にて行っているサラブレッドの測定結果とそのトレーニング内容について簡単に紹介。
サラブレッドは、約9割が速筋線維なのだそうである。
そして、競走馬としてのトレーニング開始時のVO2maxは140ml/kg/min程度だが、優れた馬は200ml/kg/minを越えるという。
乳酸も30mmol/lくらいまで上がるらしいので、極めて高い酸化系と解糖系の能力を併せ持つ動物であるといえる。
競馬種目とヒト中距離種目(+400m)の世界記録を運動時間でプロットしてみると「ウマ1000m vs ヒト400m」「ウマ1800m vs ヒト800m」「ウマ2200m vs ヒト1000m」「ウマ3600m vs ヒト1500m」がほぼ一致する。
そう。
サラブレッドは「中距離(+400m)選手」なのである。
レース馬のトレーニングは、土曜日にレースを控えた水曜日に高強度(100〜115%VO2max)の4〜5ハロン(800〜1000m)全力追い切り走を1〜2本行うのが日常的であり、時としてタイムが自動計測される坂路を用いた1000m〜1200mの登坂走や、ウッドチップ走路を用いた負荷走なども行うようである。
このトレーニングをヒト中距離選手に置き換えれば、概ね600m以上の距離は走らない計算になる。
何よりも障害予防が最優先(無事これ名馬!)。
調教師の方々は、追い切り走では「ムチを入れない」「併せ馬を追い抜いて終わる」など、馬が「気持ちよく走る」ことを優先しているとのことである。
ウマとヒトの違いというのはもちろんあるが、どちらも「動物」であることに変わりはない。
「気持ちいい」ほうが「いい」に決まっている(エッチな意味はない…と思う)。
さらに言えば、ウマは「無気と有気」「スピードと持久力」などと考えて走ってはいない(たぶん…)。
サラブレッドのトレーニングは、ヒト中距離走レーニングに多くの示唆を与えてくれているように思われるのである。
つづく…(エネルギー枯渇)