勝つための陸上競技

順天堂メソッド 勝つための陸上競技

順天堂メソッド 勝つための陸上競技

ラフバラ大で研修中の陸連ハードル部長氏より御高著を賜る(感謝!)。
取り急ぎ「400mハードル」の章を拝読する。
う〜ん、面白い!
知らなかったこともたくさん書いてある。
興味深いサイドラインを、本の売り上げに支障がない程度に紹介してみたい。

■ トレーニング順序の懸念
日本では、通常高校から始める400mハードルは、経年的なトレーニングによる向上から、ストライド長、リズム、及びピッチなどが変化する。(…)しかしながら、現在の日本の環境では、高校時では目標となるインターハイが勝ち抜き大会であるため、一度決定した歩数を変更するのに消極的になる。
(前掲書より抜粋)

一時的なパフォーマンスの低下を恐れるあまり、思い切って新しい歩数に挑戦することができず、若年層におけるパターン化からの脱却が困難になるというご指摘である。
これは、どの種目にも多かれ少なかれつきまとう問題であろうが、特にリズムやパターンを重視する400mHにとっては死活問題である。
例えば、50秒台の高校生と、同じく50秒台の大学生や社会人とでは、そのレースパターンが大きく異なる。
高校時代に50秒台で走った選手が、インカレなどシニアのレースに出場して、まず驚き、そして戸惑うのは、恐らくスタートから2台目までの速さであろう。
そして、少なからぬ選手達が、大学バージョンに慣れるためにしばしの時を要する。
大学バージョンと社会人(トップレベル)バージョンとの相違については、稿を改めることにする。

■ レースパターンと長期的トレーニングの順序
男子世界記録の平均走速度(m/秒)では110mハードルと400mハードルでは同じであるが、レース中の区間最高速度は110mハードルでは9.2m/秒、400mハードルでは9.4m/秒以上である。(…)
ピッチを維持するために若年層から高強度の走り込みを行ったり、疲労局面でフォームが崩れながら跳ぶ専門的ハードル練習を行ったりするより、まず200m走のスピード能力や高い速度でのハードリング技術を確実に身につけることが先決であり、したがって、必ずしも若年層から始めなくてもよい種目であると推察できるだろう。
(前掲書より抜粋)

ふむふむ。
そう考えると、昔インターハイの正式種目だった「200mハードル」も、若年層の導入種目としてはあながち悪くなかったのかも知れない。

ストライドを延ばす
特に初心者から中級者レベルの記録の向上には、ストライドを延ばす(歩数を少なくする)技術を獲得することが要求される。(…)
スプリント動作の感覚でただ単に前へ進もうとしたり、ストライドを延ばそうとしたりすると、下記のような動作になってしまうので注意したい。
ストライドを延ばす際に生じる問題点>
① 着地時に強く地面を押すことで着地時間が長くなる
② 蹴り上げ意識が強くなり、上に蹴り上げてしまう
③ 脚を前にもってくる動作が遅れる
④ ①〜③までを補おうと、下肢(膝下)を着地前にスイングしすぎる
⑤ 着地が前すぎてしまい、上半身の後傾、及び接地時の大きなブレーキが生じる
⑥ 重心が極端に下がる
(前掲書より抜粋)

400mHでは、より少ない歩数で走ることが有効であると言われているため、大きなストライドの獲得はパフォーマンス改善にとって有益であることも少なくない。
ただし、これには「スピードを落とさずに…」という前提がある。
巷間「ストライド(1歩の距離)」というと「歩幅」とイメージされているふしがあるが、歩行と違って常に両足が接地しているわけではない走運動の場合、厳密な定義としては「ストライド(1歩の距離)=離地距離+空中距離+接地距離」ということになる。
「離地距離」は「地面を離れる瞬間の右足と重心との水平距離」であり、「空中距離」は「右足が離れてから左足が着地するまでの重心の水平移動距離」であり、「接地距離」は「着地した瞬間の左足と重心との水平距離」である(右→左、左→右に変更可)。
そして、ストライドにおいて最も大きな割合を占める「空中距離」は、投射された物体の飛行距離と考えてよいので、「投射速度」すなわち「走速度」への依存度が高くなる。
要するに、ストライドは、速く走れば大きくな(る傾向にあ)り、遅く走れば小さくなる(傾向にある)ということである。
換言すれば、走速度が高ければ身長が1.7mでも13歩で走れるが、走速度が低ければ身長が2.0mでも13歩で走るのは難しくなるということなのである。

ハードルクリアランスに要するストライドを3.0mと仮定した場合(Winckler,2000),インターバルランニング区間は32mとなる.この区間を13歩で走破する際のストライドは約2.46m,14歩で約2.28mとなる.また、最も歩数切り替えの多いS3(5台目から8台目のハードル区間)の平均速度(8.53m/s)で疾走する場合,13歩走行時のピッチは約3.46歩/秒,14歩走行時は約3.74歩/秒となる.仮に,あるハードル区間を8.53m/sの速度で14歩で走っている選手が,この区間の歩数を13歩に減らそうとする場合,ストライドを約18cm伸ばすだけでなく,ピッチを3.46歩/秒以下に落と落とさずに走れる場合のみ,区間速度を維持または増加させることが可能となる.(…)
したがって,最適なハードル区間歩数を決定する際には,選手固有の走動作(ストライドおよびピッチ)や,レース中の疲労度合い,ハードリングの踏切脚の得手不得手などを総合的に検討すべきであり、その際に著しい加減速の有無といった客観的要因と,実際の走行中の感覚などの主観的要因とを十分に勘案することが求められる.
(拙稿「陸上競技400 m ハードル走における一流男子選手のレースパターン分析」バイオメカニクス研究 第9巻4号より抜粋)

実はこの「勘案能力?」が、海外の選手や指導者から畏怖される日本の400mHのベースとなっているといっても過言ではない。
初級者から中級者レベルでは、ストライドを拡げようとするあまり走速度が低下する→速度が低下するのでさらにストライドを拡げにくくなる…というスパイラルに陥っている選手も珍しくない。
このことは、先の「■レースパターンと長期的トレーニングの順序」において指摘されていることとも大いに関係する。
章の後半では、このような400mHのもつパラドクスをいかに乗り越えていくかについての考え方や具体的なトレーニング方法などが紹介されている。
どれもオリジナリティに溢れ、しかも本質をついたものであると感じる。
400mHの日本歴代10傑をみると、為末大選手を筆頭とする法政大学出身者が3名、成迫健児選手を筆頭とする筑波大学出身者が2名、そして山崎一彦氏を筆頭とする順天堂大学出身者が4名と、この3大学OBがほぼ占拠しており、福岡大学出身の吉形政衡選手(コーチはハードル部長)が第7位にカットインしている(2009年5月現在…おお埼玉県出身者が3名!)。
ごくごく限られた紙幅のなかではあるが、この歴史と伝統を誇る順大ハードルブロックのトレーニングエッセンスが紹介されている好著である。
是非、ご一読下さい。