インターバル・トレーニングの有用性

moriyasu11232013-09-25

体育の科学(第63巻9月号)の特集「全身持久力を高めるトレーニング:HIT」に拙稿「心技体の“予習”としての高強度トレーニング ─トレーニング負荷の本質とは─」が掲載された。
特集の意図は、昨今の運動生理学的研究のトピックスとなっている「高強度インターバル・トレーニング」の有用性について、それぞれの筆者が自身の専門分野の視座に立って解説するというものである。
小生は、拙稿「陸上競技・中距離選手のトレーニング負荷の変化がパフォーマンスおよび生理学的指標に及ぼす影響〜走行距離と強度に着目して〜」についての紹介を依頼されたが、いわゆる「インターバル・トレーニング」だけに照準したトレーニング実践のエビデンスを持ち合わせていないことから(そんなものあるわけないけど)、敢えて「HIT=High-intensity training」と定義し、「SIT=Sprint interval training」を含めた「高強度トレーニング」の有用性についての論を展開していた。
ところが、雑誌が届いてみると、なんと著者に“ホウレンソウ”もないまま“無断”で「HIT=High-intensity interval training」と改変されているではないか(唖然)。
細かいことだけど、これではタイトルを含めた論旨の一貫性が保たれない。
ホームページや次号に訂正や正誤表を掲載してもらってもIt's too lateなので、とりあえず元の文章を再掲することとしたい。

<はじめに>
高強度(インターバル)トレーニングの有効性の検証は、運動生理学研究における今日的なトピックスとなっている。しかしながら、Coyle(2005)は,スプリント・インターバル・トレーニング(SIT)の有効性を主張するの論文(Burgomaster et al.,2005)の批評において,「陸上競技における一流中距離選手は、昔(long ago)からSITが持久的能力も改善させることを知っている」とコメントしている。
上記の“long ago”をどこまで溯るかについては諸説あるが、インターバル・トレーニングの世界的な普及は、1952年のヘルシンキオリンピックで5000m,10000m,マラソンの三冠という偉業を成し遂げたエミール・ザトペックに端を発するといわれている。
ザトペックは、インターバル・トレーニングを導入した理由を問われ「私は考えたわけです.繰り返すだけでは復習しかないことと同じだと.予習,すなわち新しいことを習わなければ,進歩がないと.そこで予習とは何だろうと思ったときわかったのがスピードです」(山西,2008)と答えているが、インターバル・トレーニングの本質に迫るためには,「予習」や「スピード」という言葉に含意された問題意識についても深く読み解いていく必要があるだろう.
本稿では,1シーズンを通したSITを含む「高強度の走トレーニング(High-Intensity Training:HIT)」の重点化が生理学的指標や中距離走パフォーマンスに及ぼす影響について検討した事例研究を紹介しながら、HITの有効性やトレーニング負荷の本質について考えてみたい。
<高強度トレーニングの重点化による生理学的指標およびパフォーマンスの変化について>
筆者ほか(2011)は、大学女子中距離走者(S選手)を対象として、大学4年間にわたってMaximal Anaerobic Running Test(MART)やMaximal Aerobic Running Test(VO2-LT test)などの生理学的測定を行うとともに、高校3年から大学4年までのトレーニング日誌の精査によるトレーニング分析を実施した。
分析期間については、2005年12月から2006年11月末までの1年間(大1シーズン)および2007年12月から2008年11月までの1年間(大3シーズン)を対象とし、12月から翌年11月末までの1年間を4ヶ月単位で3つに分け、12月から翌年3月末までを準備期、4月から7月末までを試合期前半、8月から11月末までを試合期後半と定義した。なお、故障のためレースへの出場機会がほとんどなかった大学2年シーズンは分析期間から除外した。
走トレーニング分析については、VO2-LT testの結果をもとに、血中乳酸2mmol/l時の走速度(vLT2)、VO2max相当の走速度(vVO2max)および各期間において最もよい800m走記録の平均走速度(v800m)を基準として、Z1(vLT2未満)、Z2(vLT2以上vVO2max未満)、Z3(vVO2max以上v800m未満)、Z4(v800m以上)の4つのカテゴリーを設定し,各強度別の走行距離を積算した。
S選手は、高校時代から走行距離(量)の確保が重要であるという認識をもっており、大学入学前の準備期から始まる大1シーズンを通して、早朝練習や調整練習(積極的休養)で積極的にロングジョグなどの低強度トレーニングを取り入れていた。
一方、大学入学後のS選手のコーチは、レースペースを基準とするHIT、モデルレースパターンによるレースシミュレーション(技術走)、走運動以外の技術トレーニング(バウンディング,ミニハードルを用いたドリル,レッグランジ、スキップ…)などを重視するコーチングを実践していた。
この背景には、コーチ自身が手がけていた800m走のモデルレースパターンに関する研究成果(門野ほか、2008)に加えて、ランニングエコノミーをはじめとする持久的能力の改善にSITやプライオメトリクスが有効であること(Billat,1999;Burgomaster et al.,2005;Gibala et al.,2006;Spurrs et al.,2003)、さらには低強度・長時間の走トレーニングがもたらすダイナミックステレオタイプ化によるスピードや技術の頭打ち(村木、2007)などへの問題意識があったといえる。
大3シーズンのトレーニングの最大の特徴は,日本選手権など高いレベルの試合におけるレース前半からの速いペースに対応することを最重要課題として、準備期から積極的にHIT(Z4のインターバル・トレーニング)を導入したことと、1シーズンを通して完全休養日や走トレーニング以外の技術トレーニングの頻度を大幅に増やしたことにある。

大1シーズンと大3シーズンの走行距離を比較してみると,1シーズンの総走行距離は大幅に減少(3540km→2053km)し,期分け毎の内訳をみると準備期,試合期前半,試合期後半でいずれも約40〜50%減を示しているが,そのほとんどはZ1(3076㎞→1664㎞)とZ2(199㎞→74㎞)という,いわゆる低強度(vVO2max未満)トレーニングの減少によるものである(図).一方,HIT(Z4)の走行距離は約35%(170㎞→232㎞)もの増加を示しているが,特に準備期における増加(26㎞→76㎞)によるところが大きい。また、HITの積極的な導入(低強度トレーニングの半減)にともない、完全休養日(37日→72日)や走トレーニング以外の技術トレーニング(14回→40回)の頻度が大幅に増加している(表1)。

このような1シーズンを通した大胆なトレーニング負荷の変更を行った結果,大3シーズンでは大1シーズンにマークしたPB記録を1.60秒更新(2分08秒03 → 2分06秒43)し、「競技的状態(sports form)」の判定基準とされているシーズンベスト(SB)記録のマイナス2%レベル(村木、1999)以内を達成したレースの平均記録も2.23秒(2分09秒60 → 2分07秒37)の向上を示している.このことは,S選手の中距離走パフォーマンスが大3シーズンにおいて向上したことを示しており,かつ試合期前半(6月)にマークしたPB記録(2分6秒60)を試合期後半(9月)に再び更新(2分6秒43)するなど,試合期を通じて競技的状態が維持されていたとみることができる。
また、MARTおよびVO2-LT testに関する指標のほとんどが大1シーズンの同時期との比較において向上を示しただけでなく、大3シーズンの準備期から試合期にかけて,無気的能力(スピード)に関連が深いとされるMARTの指標はもとより,vVO2maxやvLT4などの有気的能力(持久力)の指標にも向上傾向が認められた(表2)。
これらの結果は、1シーズンを通してHITと休養および走運動以外のトレーニングを効果的に組み合わせることによって、総走行距離がおおよそ半減しても、準備期から試合期にかけて起こるとされる有気的能力(持久力)と無気的能力(スピード)のトレードオフを回避しつつ、800m走パフォーマンスを向上させることが可能であることを示唆しているといえる。
レーニング負荷は,いわゆる体力論的には,運動の強度,時間,頻度および休息時間などによって決まるとされているが,そのトレーニング(運動)で“同時に”考慮されている心理的・技術的要素の多寡によって得られる効果は異なると考えられる.一例を挙げれば,S選手が大3シーズンを通して積極的に取り組んだ「技術走」は,レース分析のデータをもとにモデルペースを想定し,800m走のスタートからオープンコースになる120mまでをスムーズに加速しつつ,さらに集団での位置取りポイントとなる200m通過あたりまでを「効率よく(楽に速く)」通過するための運動技術を身につけることに主眼を置いたトレーニングである.しかしながら,この「技術」トレーニングも、実施する距離や本数、休息時間などを変化させれば負荷の異なる「体力」トレーニングになるだけでなく,レースシミュレーションとしての正確性を追求することによって「心理」的なトレーニング効果を引き出すことが可能になるのである。
したがって、S選手のトレーニングプロセスを読み解く際の要諦は,限りなくトレーニング実践の「質(的負荷)」を高めようとした結果、走速度や走行距離などの「量(的負荷)」が変化したという因果の関係性を過たないことにあるといえるだろう。
<高強度トレーニング(HIT)の有効性>
一般に,陸上競技のトレーニングにおいては,準備期における低強度トレーニングによってベースとなる有気的能力(持久力)を高め,試合期に向けて徐々にトレーニング強度を高めていくことによって無気的能力(スピード)を向上させていくことが望ましいと考えられている。
この背景には、長きにわたり「疲労物質」とされてきた「乳酸」の除去および緩衝能力と有気的能力との関連性が指摘されてきたことや、有気的能力の形成・発達および残存時間が他の体力要素に比べて長いという特徴を有すると考えられている(Issurin et al.,2010)ことなどがあるといえるだろう。
しかしながら,乳酸が単なる自由拡散ではなく輸送担体によって積極的に運ばれて代謝が継続すると“Lactate Shuttle”のフレーム(Brooks et al.,1986)が提示されて以来,細胞膜からの乳酸の放出や取り込みに関与するトランスポーター(MCT)の存在や関与のメカニズム(Hashimoto et al.,2005)が示されるとともに、トレーニング強度によるMCT濃度の選択的応答の可能性(Juel,2006)なども指摘されている。
これらのことは、S選手のトレーニングにおいて、準備期から「速筋線維に遅筋線維の性質を合わせ持たせる」(八田,2009)ことを促すために、“Lactate Shuttle”を高速回転させるようなイメージで積極的な速筋線維の動員を図る(HITの重点化)という方向性に棹さすエビデンスでもあったといえる。八田(2009)は、「中距離選手には、強度を上げた状態での酸化能力や呼吸循環機能の向上が必要であり(…)持久走というようなLT程度の強度で維持するトレーニングと、スピードを上げて追い込むトレーニングとを“日を変えて”組み合わせていくのが総合的な持久的トレーニングである」と指摘しているが、インターバル・トレーニングは“日を変えずに”実施できる総合的な持久的トレーニングになり得ると考えるのは飛躍だろうか。
近年、目標とする複数の試合にピーキングするために、短期間のブロック(専門的かつ集中的な作業負荷を用いたトレーニングを行うメゾサイクル)を基本単位とするトレーニングステージを連続させるブロック・ピリオダイゼーション(Issurin et al.,2010)が注目を集めており、このコンセプトに基づいたトレーニングで成果を挙げている中長距離走者の事例も散見される。また、有気的能力(持久力)を効率よく向上させるためのSITの最適負荷を探る研究(Bangsbo et al.,2009;Gunnarsson et al.,2012)においては、一般人のヘルスプロモーションにおける有効性はもとより、短期間での準備を必要とするアスリートのトレーニングへの応用可能性(Coyle、2005)にも言及されている。
今後は、ブロック・ピリオダイゼーションをはじめとするマクロなトレーニング計画の中にHIT(SIT)を効果的に導入するための方法論の検討が課題になろうが、その際には、従来の期分け論において体力面(≒生理学的側面)への傾斜が顕著であることを踏まえたうえで,「技術・体力の相補性原理を包括する統合理論」(村木,2007)の構築を指向することが不可欠であることは言を俟たない。
<インターバル・トレーニングの相補性>
ザトペックは、1948年のロンドンオリンピックの10000mに照準し「200mを5回、400mを20回、200mを5回、合計10km。レースのスピードよりは速く、そのあとの回復はゆっくり200mを走り、次につなぐ」(山西,2008)というインターバル・トレーニングを実践し、見事に金メダルを獲得している。そして、4年後のオリンピックでは長距離種目(5000m,10000m,マラソン)三冠という偉業を成し遂げるに至るが、そのプロセスにおいてマラソンに照準した“400m×100本”なる究極の「反復トレーニング」を実践したとされるザトペックをして、「繰り返すだけでは復習しかないことと同じだと。予習,すなわち新しいことを習わなければ,進歩がない」(山西,2008)と言わしめるインターバル・トレーニングの本質とは何か。
技術・体力の相補性原理(村木,2007)とは,巧みな動きやよい動きに内在する「運動技術」について,運動課題を達成するために「生理的エネルギー(発生エネルギー)」を「力学的エネルギー(出力エネルギー)」に変換し,その力学的エネルギーを運動課題に応じて効果的に使うための運動経過(阿江,1996)として包括的に捉えるべきであるという指摘にほかならない。心理・技術・体力などに分けて切り出した個別のトレーニング負荷をいくら増しても,それらが有機的に重なり合う部分,すなわちその競技(種目)の特異性を踏まえた専門的トレーニングが実践されなければパフォーマンス向上は望めないが,心技体の相補性が考慮されたトレーニングを実践することによって,その効果を最大限に引き出すことが可能となるのである。

ザトペックのインターバル・トレーニングは、「目標とするレース(距離)」の走パフォーマンスの向上に照準し(特異性の原理)、「(レースのスピードより)少しでも速いペースで、少しでも長い距離を走る」ことを重視し(過負荷の原理、漸進性の原則)、多様な距離設定でピッチとストライドを変えながら」(意識性の原則)、急走と緩走を繰り返す(反復性の原則)というオーダーメイドのトレーニング(個別性の原則)として計画・実践されていた(山西,2008)という意味において、トレーニングの原理・原則に則った極めて合理的なトレーニングであるといえるだろう。優れた洞察力と高度な実践力を持つ創造的コーチや選手は、直感的に運動における体力・技術の不可分な一体としての相補性に気付いており、その可能性を巧みに活用している(村木,2007)のである。
レーニングの種類としての「技術」および「体力」トレーニングという区別は、あくまで便宜上の一面的な描写に過ぎず、運動による真のスポーツパフォーマンスやトレーニングの実体を示すものではない(村木、2007)。インターバル・トレーニングとは、ザトペックをはじめとする数多のランナー達が、心技体の相補性を踏まえた「予習的な実践トレーニングによって創り上げた芸術品」(山西,2008)であり、昨今このトレーニングの芸術性(有用性)が、運動生理学という切り口(観察)で「断片的に」明らかにされているに過ぎないのである。
<おわりに>
レーニングの本質は,種々の運動の反復による変化と安定の絶えざる更新であり,実践に有用なトレーニング理論を展開するには,まずその本質を相対関係として認識し,それらの関係性の変化もしくは契機についての理解を深める必要がある(村木、2007)。
したがって、HIT(SIT)を含めたトレーニング負荷(方法)の洗練化のためには、まず我々が「高強度(High-intensity)」と呼んでいるものの内実について客観的に整理・分類するとともに、走行距離や走速度などの「量的負荷」の無数の組み合わせに盛り込まれるべき「質的負荷(相補性)」をリアルに想定しながら、その実践プロセスについての科学的な検証および記述を積み重ねていく必要がある。

本号をもって、長らく編集委員長をお務めになられたK.K.先生が退任された。
編集後記の俳句が読めなくなるのはとても残念ですが、最終号に拙稿を掲載していただけたことは大変光栄です。
長い間お疲れ様でした。ありがとうございました。