疲労や痛みの原因とは?

最近、Journal of Applied Physiologyをなどの運動生理学系の学術雑誌において「筋疲労」に関するレビューや誌上討論が盛んである。
疲労カニズムを研究している大家達が、疲労の原因は中枢?末梢?代謝産物?酸素?体液?イオン?環境温(体温)?といった持論を展開しつつ、最後はそれらの「相互作用」であると結論している。
要するに、色々調べてみたけど「よくわからん」ということである。
この「よくわからん」ということが分かったのは大きい。これが分かっただけでも、新しいトレーニングのアイデアが浮かんでくる。
んだばどうすべ?…と考えているときに、この本に出会った。

サーノ博士のヒーリング・バックペイン: 腰痛・肩こりの原因と治療

サーノ博士のヒーリング・バックペイン: 腰痛・肩こりの原因と治療

著者のJohn E. Sarno博士は、これまで単独の病気が引き起こすと考えられていた筋骨格系のさまざまな症状、たとえば肩こりと呼ばれている首や肩、背中の痛みをはじめ、腰痛、臀部痛、手足の痛みやしびれ、さらには四十肩、五十肩と呼ばれる肩関節の痛み、手首、足首、肘、膝などの関節痛まで、すべては共通した原因によるひとつの症候群であるという具合にまとめてしまう。
名付けて「Tension Myositis Syndrome(TMS)」。
日本語に訳すと「緊張性筋炎症候群」となるらしい。
たいへん大胆かつユニークな発想である。
彼は、現在ニューヨーク大学医学部臨床リハビリテーション医学の教授で、世界的にも有名なハワード・ラスク・リハビリテーション研究所のスタッフドクターでもあるが、注目すべきはもともと小児科医だったという点にある。
それは、著者の理論構築に至るまでのプロセスに大きく影響している(と感じる)。
小児科医からリハビリテーション医に転身し、彼はいくつかの難問に突き当たる。
ひとつは、「なぜ検査所見と臨床症状が一致しないのか?」という問題。
たとえば、腰痛は主に腰椎や椎間板の老化によって起こるとされているが、患者が訴えている症状は、上部腰椎にひどい変形があるのに下部腰椎付近に痛みが出ていたり、右側にヘルニアがあるのに芹坐骨神経痛があったりという具合に、レントゲン写真に写る病変とはまったく関係のない部位に現れる。
ふたつめは、「なぜ病変の異常の程度と痛みの強さが一致しないのか?」という問題。
ほんのわずかな変形で激痛に苦しむ患者がいる一方で、みるも無残な変形がありながら軽症の患者がいる。
そして、何よりも不思議なのは「なぜ検査でみつかった病変に変化がないのに治ってしまう患者がいるのか?」「なぜ治療効果が一定しないのか?」という問題。
当時行なわれていた治療法は、注射療法、超音波、マッサージ、運動療法が中心だったが、重症患者が驚くほど早く治ったり、軽症患者がいつまでたっても治らなかったりと、予後の見当がまったくつかず、全体的な治療成績をみてもまれに効果があるようにみえる、という程度に過ぎなかった。
そもそも医学は、このような方法で何を成し遂げるつもりなのか?(博士の叫び…)
どうがんばっても、変形した骨が元に戻るわけでも、つぶれた椎間板が膨らむわけでもない。畢竟こうした治療法が処方される論理的根拠がみつからないというのが、長年の経験から導き出された彼の結論である。
そして従来の診断や治療への不信感を募らせつつも、患者を診察しているうちに、彼らの痛みは骨や軟骨から生じているのではなく、筋肉に生じていることに気づく。
さらに、そのような患者の多くは、緊張性頭痛、片頭痛、胸やけ、胃酸過多、食道裂孔ヘルニア、胃十二指腸潰瘍、大腸炎、過敏性大腸症候群、痙攣性大腸、花粉症、喘息、前立腺炎、湿疹、乾癬、蕁麻疹、ニキビ、めまい、耳鳴り、頻尿、反復性膀胱炎、易感染性といった健康上の問題を経験している、という興味深い事実を発見することになる。
これらは全て、いわゆる「心身症」と呼ばれる病態である。
日本心身医学会は、心身症をこう定義する。
心身症とは身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的要因が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症うつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する。」
要するに、筋骨格系疾患を抱える患者の大部分が、心理的緊張によって生じる病態を経験していることに気付いたわけである。そこで彼は、患者が訴えている痛みの原因も、ひょっとすると心の緊張にあるのではないかと考える。
心身症を疑うようになってからは、何気なく心理的要因を探りながら診察を続けていると、早く治る患者となかなか治らない患者を、ほぼ正確に予測できるようになった。予後をまったく予測できなかった頃に比べれば飛躍的な進歩である。
また、痛みの原因が心にあることを認めた患者は、それを否定した患者に比べると、より早く改善していることにも気づく。この発見によって、筋骨格系疾患に対するもっとも重要な治療的要素は「自分の身体に起きていることを、本人が正確に理解することだ」と確信するようになる。
彼は「TMSに気づく以前の治療は、いらだちが募るだけでなく、気が重くなるような仕事だった」と回顧するが、小児科出身だったことも幸いし、こうした素朴な疑問にこだわり続けたからこそ、常識にとらわれないTMS理論を打ち立てることができたのだろう。

心がTMSの標的に筋肉や神経、腱、靱帯を選ぶ理由は、現時点では解明できそうにない。それどころか、人間の脳がどう働いているのか、言語をどのように理解し作り出してきたか、どのように考え記憶するのか等ですら、進化の現段階では解明できそうもない。TMSのメカニズムを理解することは、はかり知れない脳の機能を新たに一つ解明しようというのと同じである。
学問としては面白いかも知れないが、必ずしもTMSの病態生理を正確に知る必要はない。この疾患を中断する方法、「癒す」方法はわかっている。本当の原因がわかっているからだ。
(前掲書より抜粋)

「痛み」も「疲労」も、そのメカニズムが「よくわからん」という点で共通する。
そして、必ずしもそのメカニズムを正確に知る必要はない(たぶん無理だし…)。
実践の中で、この「痛み」や「疲労」を回避する方法(コンディショニング)を見つけさえすればよいのである。
世の中には、まだまだ知らないことがたくさんある。