豊かなスポーツライフの素地とは

moriyasu11232013-05-27

昨年12月に末席を汚した座談会の模様が「初等教育資料(2月号)」の特集として掲載された(すでに3ヶ月が経過…)。
タイトルは「豊かなスポーツライフの創造 幼児期・児童期に育むべき豊かなスポーツライフの素地とは何か」。
メンバーは、司会の白旗和也氏(文部科学省スポーツ・青少年局参体育参事官付教科調査官)、上田栄治氏(公益財団法人日本サッカー協会)、上田由美子氏(神奈川県秦野市教育委員会指導主事)、内田匡輔氏(東海大学准教授)、盛島寛氏(岩手県九戸村立江刺家小学校長)と小生の計6人(所属・役職は3月末のもの)。
以下にその内容を再録する。

白旗 平成23年6月にスポーツ基本法が策定されました。これは、全ての国民が、いつでも、どこでも、いつまでも自分に合った運動との関わりがもてるような社会をつくることを基本理念としています。そこで、今日は様々な立場の方に集まっていただき、幼児期、児童期に育むべき豊かなスポーツライフの素地について、幅広く考えたいと思います。
1 各学校段階における運動の関わり
森丘 スポーツ基本法に「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは全ての人々の権利である」という文言が入ったことはたいへん意義深いと感じます。言い換えれば、スポーツに携わる人間は、公共財としてのスポーツの意義や価値、そして自身が果たすべき役割について再認識する必要があるともいえるでしょう。
盛島 国や地方公共団体へのメッセージとして、体育に関する指導の充実や体育に関する教員の資質向上など学校体育にも切り込んだ文言が入っています。運動・スポーツについては、誰もが経験するところが学校体育ですので、充実した体育をやっていくことで、豊かなスポーツライフにつなげたいと思っています。
国民の心身の健全な発達、明るく豊かな国民生活の形成、活力ある社会の実現などを目的としているスポーツ基本法は、教育で目指している「生きる力」そのものであると思っています。
白旗 以前のスポーツ振興法ではプロスポーツは盛り込まれていませんでした。
上田 スポーツ基本法のパンフレットには、なでしこJAPANがワールドカップで優勝したときの写真が掲げられています。オリンピックでは、銀メダルを獲得できました。私たちは文科省のマルチサポートを受けていまして、そのサポートが手厚くなったおかげでもありました。スポーツ基本法を受けた計画に基づき、科学的なサポート、医学のサポートなどを受けられることはたいへんありがたいことです。
白旗 体を動かす習慣づくりの出発点は幼児期でしょう。
山口 幼児期の教育は、「生きる力」の基礎を育成する重要な役割があり、幼児期に体を動かすことは、心と体が相互に関連し合いながら総合的に発達していく姿が見られます。体の発達については、体を動かす遊びは、多様な動きが獲得されることや遊びに必要な動きを繰り返し実施することによって動きが結果的に上手になり、洗練化されること大切です。
心の発達では、幼児が楽しく体を使っていろいろな遊びをすることで、社会性の発達や認知的な発達などを促せることが期待できます。
しかし、今の子どもを取り巻く環境は、日常生活がかなり便利になり、体を使って動かないことが普通になっている傾向があると感じています。
白旗 大人が理解していかないと推進できませんね。
山口 はい、そうです。特に乳幼児期は、身近な大人の姿勢が子どもに大きく影響してきます。今の子育て世代や若い保護者は、子どものころに体を使って十分に遊んできていないのではないかと感じます。そこで、幼稚園では、保育者も保護者も含めて、「体を動かすことは楽しい」ということを啓発していく必要があるのではないかと思います。また、近年、地域が子どもたちだけで安心して遊べない状況になっています。地域の方々とも連携した遊び場の確保も大切ではないか思います。
内田 今年の研究では、歩数計を使って子どもたちの歩くパターンを調べました。登園時、園内活動、降園時と降園後の家庭の時間の平均を取ってみたら、降園時に最も多く歩いているのです。いかに登園のときには時間にせかされて一直線に来ているか。または車で来ているとかいうのが見えました。そして降園後に家で全く遊んでない。そこで、その園の活動で、降園後に、安全ということも含めて、子どもたちを園庭で遊ばせる時間をもっと取ろうという話になっています。
また、体力測定を実施した園の先生方からは、「普段の遊びが偏っていると思いました」と言われました。走り回ることはたっぷりやっているけれど、跳ねるとか、跳ぶとか、体を支えるとか、特に投げるという動作は遊びとして入れていなかった。
盛島 小学校の体育の場合は教師の課題も大きいのではないかと思います。小学校では体育は各教科等の中の一教科なわけで、指導者、学級担任により得意、不得意があるなどします。すばらしい授業実践をしている方もたくさん知っていますが、まず、教える側のレベルアップが一つの課題です。子どもにも運動ができる子・そうでない子がいますがそれは、運動を経験しているか否かだけの差だと思うのです。学校体育は必修なのでどんなに運動をしない子でも、週三時間は必ず運動します。そこで充実した体育の授業を行うことをいちばん大事にしなければならないと思っています。特に、体つくり運動が小学校から中学校、高校まで全ての学年で必修になりましたので、幼児の遊びからつなげて、低学年・中学年で、いっぱい体を耕しておかないといけないと思います。
白旗 大学生がかなり運動から離れていると聞きます。
内田 大学の大綱化で、体育が必修ではなくなっている状況があります。ただ、本学は、三年前から、体育を必修に戻しました。新体力テストの内容を授業で行うのですが、「なんで高校までやってきたことを大学でやるの?」という抗議に近い声も聞かれます。今の自分の体力はどれぐらいか、何ができるのかを確認をする意味だと話をしても、なかなか自分の身体の問題として具体的に理解できない実態があります。私は中学校と特別支援学校の教員をしてきたのですが、体育の授業の中で彼らがどんな学びをしてきたのか自省の念を強くもっています。
本学を卒業した方々にご協力いただきながら教科書をつくりました。後半部分にはいろいろなスポーツが紹介されているのですが、ゴルフ、キャンプ、ダイビング、サーフィン、セーリングのページで学生の反応がいいことは面白いですね。これもスポーツだったのだと思うのでしょう。臨海学校を開く学校が減ってきていると聞きますが、体験型の体育・スポーツが抱える面白い側面を削り取っているのではないか思っています。
白旗 学校の体育では、運動の関わり方を学ぶことが重要です。それは、一人一人違うので、究極的には、個に応じた指導が重要です。価値観が一つしかないと、結局は優劣を付けることになってしまう。また、男性、女性でスポーツへの関わり方が小さいうちから違いが出てきてしまっている。今、女性の運動離れが大きな問題となっています。
2 女性の運動離れの現状と課題
上田 私は10年前までサッカーは女性のスポーツではないと思っていました。しかし、なでしこジャパンの監督になってから、女子のサッカーにもこんなによいところがあると気づきました。現在、なでしこジャパンの活躍によって、女性もサッカーで世界一になれるという希望が見えて、やる子が増えてきたと思います。ただ、小さいころからサッカーをやる子が増えても、中学校では激減してしまいます。それは部活動がない状況があるので、そこを解決していきたいと思っています。
森丘 文科省の調査では、一週間に60分未満しか体を動かさない子どもたちの約七割が運動やスポーツが「好き」で、約半数が「もっとしたい」と回答しています。運動が得意でない子どもは、いわゆる競技スポーツの場に入って楽しむということはなかなか難しいですが、ニュースポーツや非競争的なスポーツであれば、勝敗の未確定性や体を動かす「楽しさ」を味わうことができる。逆に言うと、スポーツの側が、そういう子どもたちにどのようにアプローチするべきかをリアルに考える必要があると感じます。学校体育では、できるだけ多くの子どもが楽しめるように用具やルールを工夫しますが、そういう場や仕掛けをどう拡げていくかがポイントになるのではないでしょうか。
もう一つ、先ほど性差の話でいえば、今年のロンドンオリンピックでは、初めて全ての競技に女子の参加が可能になりました。こうした男女格差なくす方向性は大切ですが、一方で、かつてのゴム飛びのような女子特有の運動の楽しみ方も含めて、スポーツの量的な広がりと質的な深まりを立体的に考えていく必要があると感じます。
白旗 中学校へ行くと、より一層女の子が運動をしなくなってくる。部活をしている子たちだけが運動している状況です。ですから、部活動が鍵を握ります。文部科学省でも、新しい部活動の形態を考える事業の予算が付いています。
上田 小学校では女子全体の70%の子が男子と一緒にプレーしています。ところが、中学校になると男子と一緒にやるのが難しくなってしまう。運動能力的にも大きな差が出てきて、サッカーを止めてしまう少女がたくさんいます。そして、高校に行くとまた女子の部活でサッカーを始めるという状況です。
今年から文部科学省で運動部活動地域連携再構築事業ができたのですが、私たちがモデルにしているのは、江東区で2008年から始まった取組です。一つの拠点校をつくって、周辺にある中学校のサッカーをやりたい女の子たちが週に二回集まって部活をやる。それを江東区の部活としている例です。今後少子化にもなるし、複数校で部活をするなど、ハードルを低くして、週に一回とか二回という頻度でやれればいいと考えています。
白旗 しかも兼部ありなので、吹奏楽部の週一回だけサッカーをやってみたいという子が集まります。今までの部活動を全面否定するわけではないですが、それだけでは、始めから不得意だと思っている子は部活に入る余地がない。ここを少し変えていこうということです。
3 運動を考える上での遊びの重要性
内田 本学で二年前から始めている活動ですが、トップアスリートが使うような陸上競技場などを昼に開放するようにしています。そうすると学生がそこに来てバスケットボールをして遊んだり、ラグビー場を裸足で走り回ったりしています。ボールも自由に貸し出せるようにしていて、学生証を出せば自分でボールが借りられるので、それをもってスポーツをするとか、ディスクゴルフをやるとか、そういった場所づくりをしています。授業でそれを取り上げることで、学生がまたやりたいという思いをもてるようにしています。スポーツに親しめる状況を選択できるようにしてあげることが、生涯スポーツにもつながっていく一つの大学の在り方かと思っています。
白旗 今の話を聞いていると、小学校の休み時間に近いような感じですね。
盛島 本校は、全校児童四二名です。意外と小規模校の子どもたちが外で遊ばないのは、ボールを蹴ってしまうと拾いに行く時間のほうが長いから(笑)。だから壁のある体育館で遊ぶ。遊ぶ場所はいっぱいあるのですが、人が少ないがために、なかなか活用されてないという現状もあります。田舎の子はいっぱい動くかというと、スクールバスで通って意外と動かない。それがかなり感じられます。
森丘 昨年度に策定された幼児期運動指針のポイントは、「多様な動きが経験できる楽しい遊び」を奨励することに加えて、毎日合計「60分以上」楽しく体を動かしましょうという数値目標が示されたことにあります。当初、数値目標は幼児教育になじまないというご意見もありましたが、「60分」はあくまでも一日の中の様々な活動を足し込んだ合計であり、そこには家庭での生活活動や休日の過ごし方なども含まれることから、園だけではなく家庭や地域を含めた社会全体の課題として「60分」を一つの目安にするということで合意に至りました。
白旗 もし60分を取ってしまい、「毎日たくさん楽しく体を動かすことが望ましい」では、当たり前でしょということになります。この数字は、三年間行った幼児期の調査やWHOの指針などから導き出したものですが、絶対的な基準ではなく、あくまで目安です。
山口 幼児教育の中で目標の数字を示すことに抵抗がありました。保育の中で子どもが主体的に体を動かして遊ぶ時間を保証してあげることが重要で、その結果が一日合計60分になったというとらえ方だと思っています。幼稚園教育要領では、五つの領域(健康、人間関係、環境、言葉、表現)が、相互に絡み合って総合的に指導しなければなりません。運動や体を動かすことは主に領域「健康」に示されています。この領域には三つのねらいがあって、「自分の体を十分に動かし、進んで運動をしようとする」、「明るく伸び伸びと行動し、充実感を味わう」、「健康・安全な生活に必要な習慣や態度を身に付ける」とありますが、遊びの中には、この他の四領域のねらいも含まれてくるわけです。
子どもたちが楽しく体を動かして遊ぶためには、教師は四つの役割を果たす必要があると考えました。
一つは遊びの仕掛け人になる。幼児の姿を踏まえ「やってみたいな」と思うように環境構成をつくっていくことです。
それから遊びの研究者になる。その遊びが子どもの体のどこの部位を使っているのか、保育の中では偏りがないか、いろいろな器官を動かし刺激を与えているかということを分析することです。
三つ目は遊びの伝道者になるということです。昔遊びはとても素朴な遊びだけれども面白い。そういう昔遊びを子どもたちや保護者に伝えることも一つの役割です。
四つ目は、教師は遊びの同志になる。励ましてあげたり、できたときに喜んであげたり、一緒になって遊ぶ役割があるのではないでしょうか。
内田 以前、研究で幼稚園に行く学生に「遊びを教えちゃだめだよ」と言って送り出したことがあります。ある学生は紙鉄砲をずっとパンパンと鳴らしていて、ある子はメンコをやって、ある子はバトンスローをつくって遊んでいて、子どもが来たら、一緒に遊ぶという活動を二か月間継続しました。終わって一年たって体力テストを行ったところ、楽しかった運動が引き継がれているのです。遊びでも自主的に取り組んだ子たちは、その後も獲得した動きを継続して発揮するというのが見えてきました。
白旗 様々な仕事でアスリートの人たちと話してきましたが、最初の話は子どものころの遊びについて聞くことに決めています。そうすると二極化で、特定のスポーツばかりしていた選手と様々な遊びをたっぷりしてきている選手がいます。
森丘 サッカーでは、ユース世代で選抜されている子どもたちの生まれ月が四月から九月に偏る傾向にあるというデータを示しています。セレクションを受験する子どもたちにもすでに偏りがみられることから、年度の上半期生まれの子どもたちは相対的に有能感が高いことが予想されます。国際的には、児童期は個人のスキルを向上させていく活動を中心にして、中学校期以降から徐々にチームスキルに移行させることが望ましいというガイドラインが出されていると聞いたこともあるのですが。
上田 日本は学校が四月始まりですよね。国際的には年齢制限のある大会は一月以降生まれからです。ですから、そこで日本の学年のくくり方と違ってしまうので、どうしても早生まれの子が出てこないという傾向にあるので注意しています。
森丘 陸上競技でも小学校の大会などでは同様の傾向にありますが、オリンピックや世界選手権の代表選手たちにはこうした偏りはほとんどありません。子どものスポーツに関わる大人は、発育や発達の遅速によって子どもたちの自律性や有能感が損なわれないよう留意しながら導いていかないと、スポーツを楽しめないことはもちろん、優れた才能を見逃してしまうことにもなりかねません。
盛島 幼児では、いかに遊びに引き込むかというところが大切であると思いますが、学校の場合は体育という場があるので、そこをうまく使っていく必要があります。ただ、様々な遊びを経験した子と経験してない子、それからそういうことが好きな子と好きでない子とかなり差が開いて小学校に上がって来るので、小学校ではみんなをどうやって授業に引き入れるかがいちばん大事です。その際、よい活動やすばらしい教材はありますが、担任任せでなく、それらを皆で共有できるシステムがないとなかなかうまくできない。体育は教える側が経験しないとなかなか教えられないのです。コート一つ引くにも苦労します。ライン一つ、長さ一つで子どもの動きが全く変わってきます。それから、子どもの管理の仕方やグルーピングも鍵を握ります。よい人間関係をつくる力も必要です。
4 インクルーシブな視点の必要性
白旗 体育は子どもが動いて授業をつくりますから、普段の教育活動の成果が体育で見えてしまうことがあります。そうするとインクルーシブ教育の理念も重要です。ノウハウがないと、対症療法的にしか対応ができないこともあります。
内田 先日行った研修の最後に「配慮を要する子に集合!と言っても並べないので、どうやって並ばせたらいいですか?」という質問がありました。そのようなときには、具体的にどんな行動をすればよいかの指示をわかりやすく伝えることが必要です。たとえば列をつくるときに、前の生徒の頭とその前の子の頭が重なって自分の位置取りをするとかです。
また、私は聾学校の教員だったものですから、授業のときには必ずホワイトボードを持っていき、今日の課題はこれですと書きながら行います。もちろん手話なども使いますが、生徒にきちんとした理解を促していくには、文字媒体がないと伝わりにくいです。何がねらいかということをきちんと伝えることが、どの年齢においても重要だと思います。
また、障がいのある子に、「見学していてね」というひと言で、その子の体を通した学びを奪ってしまっていることが非常に残念でなりません。驚いたのは、小学校からずっと見学してきたという女子学生がいたことです。彼女は、ボールを投げたことがないから、ボールを持って手から離すという感覚すらもっていない。そういった子たちの体育に対するイメージは悲惨です。ですから、簡単に見学にしないで、たとえば運動学習の課題の負荷を軽減するとか、走る距離が短くても、同じタイムで競えるならば、八秒間走といった教材の提供の仕方もあるでしょう。足に障がいのある子が、皆と一緒にテニスをやりたいというときに、コートの広さを変える工夫をしながら、クラス全体がどう工夫していくのかということも先生のチャレンジだと思います。
先生方は、勝ち負けだけでなく、一緒に楽しむことができたことの意味をどれだけ共有できるのかという軸ももっていないと体育・スポーツの広がりが平板なものになってしまうように思います。
白旗 体育を教えている教員は圧倒的に小学校が多いのです。小学校は女性の先生が多いのですが、サッカーをやったことがないという先生たちが、授業でサッカーを中心としたゲームを教えなければいけない。これは大きな課題です。
上田 小学生の授業の中で初めてサッカーをやるという子が多いと思いますが、そういう意味では、そのときの指導者が非常に重要だと思っています。これから小学生年代の教師の方、特に女性の教師の方には、サッカーはこういうスポーツなのだということをわかりやすく講習することを考えていきたいと思っています。小学生ですから、ボール遊びから入っていってサッカーにつなぐというところを簡単にやれるように指導していくということができればと考えています。小学生年代には心と体の大切さを学ぶということもあります。また、大人が関わることの大切さも感じています。
白旗 体育の場合、内容として、技能がありますが、それ以外に態度という内容も位置付けられていて、協力とか、公正な態度とか、安全に気を付けるとかいうことが学習の中身になっています。また自分がもった目標に対してどう近付いていくのかという思考・判断も学習内容になっています。そういうことでは体育は生きる力を育てやすい教科です。
内田 体育では、相手のことを理解することも重要ですね。授業で卓球をするときに、左手でやってみようとか、ラケットを肘にはさんで打ってごらんといった、自分ができている活動から、できなくする体験をしてみると価値があります。私たちは脳の中で客観的に動きを捉えられるから上手にできるのです。それができないということは、脳の中で右と左が上手にコントロールできない。鏡の向こう側の自分と自分との整理がつかない。このような脳の中での、整理の仕方は、他者理解という部分では重要な点だと思うのです。
森丘 スポーツは、ある意味ルールで縛って不自由な状況の中でどうやってうまくプレーするかを競うものでもあるので、その辺りはスポーツの本質にもつながるような気がします。
5 運動に関わる家庭・地域との連携
白旗 さらに教科を超えて運動との関わりを広げていくためには、保護者や地域を巻き込んでいく必要があります。
山口 幼児期は保護者と過ごす時間が長く、親に依存していることがたくさんあります。ということは親自身の行動や生活を意図的に見直すことが、子どもたちに影響してきます。そうなると幼稚園と保護者の連携は、重要なことになってきます。例えば、園便りやクラス便りで、今の遊びの様子や重要性等をお知らせしたり、親子でできる遊びを紹介したりする。また、保護者からの感想や意見を聞き掲示板を通して保護者同士が情報共有できる場や懇談会では情報交換できる場を設けることも大切です。
そして、登園・降園時の時間帯を利用して親子でからだを動かして遊ぶ機会をつくるとか、地域の体育的な行事に親子で参加するよう促すこともよいと思います。地域の方に地域の子どもを知っていただくことで、地域で安心して遊べるような体制もできてくると考えます。
盛島 校長になって、学校というのは地域とともにあるのだなと強く感じています。私自身は地域を知ること、地域の人たちには学校の先生方を知ってもらうということがまず大事かなと思っています。地域では野球などのスポーツ少年団の活動がさかんです。人数が少ないので、三年生からレギュラーになります。それでも、村の大会で優勝したり、県大会に出場したりしています。また、バレーボールでは全国大会に出場するほど、指導者の方はよく指導してくださっています。それでもやり過ぎだなという部分もあります。ある程度仲よくなっていないと「やり過ぎ」とも言えないので、お互いに言えるような関係をつくりたいと思っています。
また、家庭には学習の手引きを出すのですが、その中に、昨年から体育の家庭学習も入れています。低学年だったら、逆さダンゴムシとか、壁倒立とか。親子でもやれるようにもします。うんていを端から端まで渡ることができるなどもあります。
白旗 ところで、つなぎということを考えていくと、校種のつなぎがあり、男女ということもあり、協会なども含めた業種のつながりまでありますね。
内田 スポーツ基本法の基本理念やスポーツ立国戦略の中には障害者という言葉が入ってきています。非常にうれしいのですが、実際に障害のある人たちが地域でスポーツができる体制があるかと考えると、限られた場所にしかなく、そこまで障害のある人たちが行けるかというと、非常に難しいものです。また特別支援学校は、地域から離れているところもあります。たとえば休日の学校開放などでも、自宅から離れた学校に通っていると、近い学校には行きにくく、また行ってもどうやって遊んだらいいかわからない。そういう現状のなかで、二週に一回、東海大学の施設を使って特別支援学校に通学する生徒の放課後活動を行っています。例えば大学の陸上競技場は陸上部のトップアスリートたちが練習しています。そこにスペシャルオリンピックスを目指して走っている知的障害者が来て一緒に動くという体制をつくる可能性もあると思います。これから大学は、もっと人のつながりを創りだすような場所になるべきだと思います。
上田 中学校や高等学校に女子の部活動をつくるということでいろいろな都市を訪問してお願いするときのことです。教育委員会の方や市長にもお願いしますが、文部科学省の事業でもなかなかスムーズに進みません。新しいことをするには様々な条件がありますので、仕方ないこともありますが、中学生年代はいちばん伸びるし、精神的にいちばん不安定で、小学校からのスムーズなつなぎの上でもスポーツに親しんでほしいと思うのです。スポーツ技能だけでなく、様々に学ぶ部分があるので、うまく連携ができないものかと思っています。スポーツをする機会をつくると子どもたちは非常に楽しんでやるし、規律も、礼儀正しさも学んでいきます。なでしこジャパンがなでしこらしさという言葉で表現されますが、日本女性のよさを引き継げるようなものができるといいなと思っています。
森丘 日本体育協会では、国民体育大会のような競技スポーツイベントから、スポーツ少年団や総合型地域スポーツクラブという日常生活に密着したスポーツ活動までの幅広い事業を展開しています。我々としては、「自発的な運動の楽しみを基調とする人類共通の文化」であるスポーツをより多くの人が生涯にわたって楽しめるようになることを目標としながら、そこに関わる指導者を中心とする関係者の方々に有益な情報を提供するだけでなく、具体的な活動プログラムなども提案していく必要があると考えています。現在は、多様な動きが経験できる遊びの「楽しさ」をベースとして運動やスポーツへの積極性を引き出すことを目的とした「アクティブ・チャイルド・プログラム」を作成し、スポーツを楽しむための基礎を培う大切な時期にある子どもたちに関わる地域のスポーツ指導者や学校教員への普及を進めています。
6 豊かなスポーツライフを送るために
盛島 学習指導要領はバランスよくできているので、それらをまんべんなく、どれも経験させるというところが大切です。そのためには年間指導計画をどのように組むかが重要です。学習指導要領は二学年ごとに提示されているので、二学年を見通して内容によっては、大単元を組むなどじっくり学習することを考えて欲しいと思います。小学校の場合は、そうやってできることを一つずつ増やしていく。ただ楽しいだけではなくて、できて楽しい。うまくなっているし、友達と関わってやるという本物の楽しさを味わわせたい。そのときはできなくても、自分はできそうだという運動有能感をもって学校体育を卒業できたら、いろいろなところに通じていくのではないかと思います。
内田 先ほど障害のある子どもたちの休日の活動をやっているという話をしましたが、今ではもう中学校の知的障害の生徒もいます。小学校低学年の頃から活動に参加していて、跳び箱を一度も飛べませんでした。だけど、何度も何度も汗だくになってチャレンジする。できなくてもたくさんやらせてもらえるので、バンと台を叩くのが楽しくてずっとやるのです。そういう活動をもっと提供していくことが重要だと思っています。
上田 私は、なでしこジャパンの選手たちの指導を通して、母親とか日本人女性のよさにつながる部分を感じました。単純に勝つとか技能を上げるとかだけでなく、我々はサッカーをはじめ、スポーツで日本人女性のよさを育んでいければと考えています。おおげさだと思われるかもしれないですが、スポーツの価値を広くとらえ、なでしこらしい選手を育てていきたいと思っています。
森丘 スポーツ少年団では、幼児加入への条件整備が進められていますが、今の活動内容のままで幼児を迎え入れるということではなく、どうすれば子どもたちがもっと運動やスポーツを好きになり、どのような積み重ねによってそれが人生にとって大切なものになるのか、そのための少年団活動とはどうあるべきなのかを考えながら、様々な取り組みを「改善」するきっかけにしなければならないと感じています。
幼児から高齢者まで、そして、アスリートも、個人のライフステージやライフスタイルに応じた運動やスポーツの楽しみ方が異なるとはいえ、運動やスポーツに動機づけられる「楽しさの根」は一緒だと思います。今後は、スポーツ活動を推進することによって社会にどのような貢献ができるのかについても考えながら、スポーツの意義や価値について、スポーツ界の「外側」に向けても積極的に発信していきたいと思います。
山口 幼児期は遊びを通して、「心情・意欲・態度」を育み、幼児一人一人が、自分はこれをがんばったのだという自信をもって小学校に進んで欲しいと願っていること。幼児期から体操・水泳・サッカーなどの習いごとや保育に運動指導者を招いて専門的な指導を受けることにより、幼児が興味を持って自発的に遊びに関われるよう保育内容を充実していくこと。現場の先生に任せるだけでなく行政も一緒になって幼児期の体力向上に取り組む必要があると思っています。
白旗 今日は幼児期、児童期に育むべき豊かなスポーツライフの素地とは何かという大きなテーマで、様々な立場の方にお話をしていただきました。
ありがとうございました。