想像の共同体

moriyasu11232011-06-07

気がつけば梅雨の季節。
5月のブログ更新は「1回」という体たらくである。
残すは「ゼロ(回)」という背水の陣の様相(発見したインド人が恨めしい)。
もはや「週記」はおろか「月記」も危うい状況である。
そんなさなかの先週金曜日、母校で下記の講演会が開催された。

『川内選手と為末選手が初対面』
8月に韓国・大邱(テグ)で開幕する陸上の世界選手権に日本代表として出場する県職員の川内優輝選手と、世界陸上銅メダリストの為末大選手が3日、県立春日部高校(松田敏男校長、生徒数1092人)で初対面。互いにエールを送った。
同校は昨年度、文部科学省からSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定され、この日は科学の視点から「スポーツパフォーマンスとサイエンス 文武両道の本質とは?」と題した特別講演会を実施。会場の体育館に全校生徒と保護者らが集まった。
壇上には、同校出身で日本体育協会スポーツ科学研究室主任研究員の森丘保典氏と為末選手が登壇。為末選手は400メートルハードルで47秒89の日本記録保持者。為末選手が出場した試合の走行タイムなどを数値化したグラフをスライドに映し出し、「勝つにはどうしたらいいのか」といったことなどを詳細に分析した。
為末選手は「成功体験はこびりついていて、いったん全部壊すことも大切」と大阪ガスを退社し、プロに転向した理由を語った。
最後にスペシャルゲストとして、同校定時制事務職員の川内選手が登場。拍手が沸き起こり、ぶっつけ本番の対談となり、陸上に懸ける互いの思いを語り合った。約2時間の講演会は、応援団のエールで締めくくられた。
記者会見した為末選手は「科学の方向から(話を)切ってくるのは初めて。楽しかった。川内選手は常識を疑う新しいタイプ。40〜50歳まで東京マラソンを走り続け、深いところを語る人になるのでは」と語った。
川内選手は為末選手について「常識に縛られず、自分の考えを押し通して走っている面は共通している。世界選手権の代表になってください」と期待した。
同校陸上部部長の2年生、加藤宏隆君(16)は「2人とも時間をうまくやりくりしている。(文武両道を)今後の練習に生かしていきたい」と話し、貴重な講演会になったようだ。
(2011年6月4日 埼玉新聞webより)

諸般の事情により、当日タイトルを「…とサイエンス」から「…と科学」に変更(理由については後日詳述予定)。
二人のトップアスリートの登壇により、講演&トークショーは(私の仕切りはさておき)盛会のうちに幕を閉じた。
その模様は、Athlete Societyのご協力によりUstream生中継&動画配信され、NHK(さいたま放送局)の夕刻ニュースでも紹介された。
講演会の詳細については、企画から進行に関わった身として別途ご報告せねばなるまいが、母校陸上競技部の部報に認めた拙稿を再録しつつ「想像の共同体」での出来事の余韻に浸ってみたい。

竹村高野会は、すでに上級生が齢四十を超え、公私ともに多忙な世代が中心となるため、一時は30名を超えた出席者も、ここ数年は15名程度に留まっている。幹事の身としては、少しでも出席者を増やし、再三ご指摘いただく低いOB会費納入率を上げたいという気持ちもなくはないが、出席者から慶事や艱難の近況を聞くにつけ、顔を見せないOB諸子の事情も慮らずにはいられなくなる。
国家を「想像の共同体」と喝破した人類学者の言を敷衍すれば、「学校」もまた「想像の共同体」であるといえる。この共同体を支えているのは、それぞれの学校独自の「校風」である。そのことは、たとえ校舎や部室や顧問が替わっても、「同じ学校の同じ部」で活動したという「つながり」だけで、世代を超えて酒を酌み交わし、肩を組んで校歌を熱唱してしまう我々の精神が証明している。
数年前、我々の仲間が大きな困難に直面したとき、卒業してから一度も顔を合わせていないという同級生が参集し、共に嘆き、また叱咤激励する「場」に居合わせたことがある。このとき、恩師である竹村義人先生が常々おっしゃられる「つながりを大切に…」ということの「本質」に触れたような気がしたのと同時に、実は師を囲んだ単なる宴ともいえるこの会が、かけがえのないものに感じられたのである。
(2010 年 4 月 30 日 「埼玉県立春日部高等学校陸上競技部報(第 609 号)」より抜粋)

800名を超える会員を有する母校の陸上競技部OB会は、年に1度のOB総会と、九十有余年の歴史において現職で5代目を数える顧問教員(全て陸上競技部OB)を囲む部会によって成り立っており、小生は「竹村高野会(昭和61年〜平成13年卒)」の幹事長を拝命している。
この会は、毎年11月第3土曜日(今年は11月19日)に開催されることになっており、会の締めに若手OBの仕切りによって校歌が歌われるのが通例であるが、久しぶりに学ラン姿の現役団長の仕切りで歌う校歌&応援歌の味はまた格別であった。
「想像の共同体」への「勘違い」は、死ぬまで続きそうである。