大邱世陸・男子400mH決勝結果

moriyasu11232011-09-07

Men 400-Metres Hurdles Final Result
1位 David Greene (GBR) 48.26
2位 Javier Culson (PUR) 48.44
3位 L.J. van Zyl (RSA) 48.80
4位 Felix Sánchez (DOM) 48.87
5位 Cornel Fredericks (RSA) 49.12
6位 Bershawn Jackson (USA) 49.24
7位 Angelo Taylor (USA) 49.31
8位 Aleksandr Derevyagin (RUS) 49.32

1位と2位が入れ替わり、3位と6位が入れ替わり、4位と5位が入れ替わり、7位と8位が入れ替わった結果、ひとつも当たらなかった順位予想の評価は読まれた方にお任せしたい。
スタートが2度も仕切り直され、なにやら不穏な空気のうちに始まったレースだったが、前回の09年ベルリン大会7位、昨年度欧州チャンピオンのグリーンが冷静沈着なレース運びで混戦を抜け出し、見事に優勝を果たした。
05年ヘルシンキ世陸以降、前回大会までの準決勝通過記録の平均値は48.4秒前後(8番目通過記録は48.6〜48.8秒)であるが、今回の準通平均記録は48.85秒(8番目通過記録は49.07秒)と記録的にはやや低調だった(優勝記録が48秒台というのもあまり記憶にない)。
通常、SBマーク率の高いこの種目の決勝レースで、ひとりもSBがいなかったことが、今回のグラウンドコンディションの難しさを物語っている。
さて、実際のレースである。
1台目は、いつもどおりの見事なアプローチでジャクソンが一歩リード。今季は再びインターバルを15歩に戻しているが、相変わらず小気味よくピッチを刻む走りで2台目までレースを引っ張る。僅差でテイラー、クルソン、バンジルが続き、グリーン、サンチェス、フレデリクスはやや抑え気味の入り。
3台目で1レーンのテイラーが先頭に立つ。これにクルソンとバンジルが僅差で続き、二人からやや遅れてサンチェスとグリーン。ジャクソンは、2台目のハードルを引っかけた影響もあってか、少し後ろに引いてしまう。
5台目の通過もテイラー。少し遅れてバンジルとクルソンが通過するが、サンチェスとグリーンが少しずつ前との差を詰めてくる。ジャクソンは後半に備えているのか、さらに後方に引いた位置取りである。
7台目でテイラー、バンジル、クルソンがほぼ一線に並ぶが、レース中盤という重要な局面でサンチェスとグリーンが前の3人を少しずつ射程に入れ始める。
8台目では、バンジル、クルソンが先頭争い。サンチェス、グリーン、ジャクソンがやや疲れの見えるテイラーを捉えにかかる。
H8-9が16歩になったバンジルが、9台目のハードルを引っかけてもたつく間にクルソンが先頭に立つ。満を持して追い上げてきたグリーンが3位に上がり、少し後ろでテイラー、サンチェス、ジャクソンが三つ巴の4位争いを展開する。
10台目は、僅かの差でクルソン、グリーン、バンジルの順に通過。中盤から追い込んできたジャクソンはハードル手前で減速(17歩になる)、16歩で踏み切ったテイラーもハードルを引っかけて大きく減速。その間隙をついてサンチェスが単独4位に上がる。
その後は、追い込んできた勢いそのままにグリーンがクルソンを差しきって1位でフィニッシュ。前半抑え気味だったサンチェスは、3位のバンジルを0.07秒差まで追い詰めながら惜しくも4位。終始安定した走りをみせたフレデリクスが5位でフィニッシュ。ジャクソンは持ち味?の出入りの激しいレースをみせたが追い上げかなわず6位、前半から積極的なレースを展開したテイラーは辛うじてデレビャギンに先着するも7位と、王国アメリカを代表する両ハードラーは下位に沈んだ。
メダリストに注目すると、3レーンの13歩ハードラーのクルソンと7レーンの14歩ハードラーのバンジルが終始僅差でレースの主導権争いを展開しながらも、前半やや抑えながら中盤以降で二人を射程に納めていたグリーンが10台目を超えてから一気に間に割って入ったという流れである。
三人のレーンが違っていたら果たしてどんな結果になっただろうか…などと勝負事にはタブーのタラレバに思い巡らせてしまうレースでもあった。
前ハードル部長が、前回大会の決勝後に朝日新聞に寄せたコラム(抜粋)を再録する。

『短距離だって対人競技(山崎一彦の目)』
短距離種目はそれぞれのレーンを走るから、他の選手と体はぶつからない。それでも、戦う相手は時計ではなく人間だ。「対人競技」と言ってもいい。同じ組で走る選手のリズムに影響されて自分のリズムを崩されれば負けだ。
特に400メートル障害は短距離種目ながら、走り幅跳びの助走を10回繰り返すような側面もあり、非常に微妙だ。同走している相手との間合いを測り損ねて前半で少し狂うと、終盤に大きく影響する。
(2009年8月20日 朝日新聞より抜粋)

「対人競技」としての400mHにとって最も重要なトレーニングは、「自分よりも速い選手と(レースで)競走する」ことに尽きる。
高い緊張感のなかで、内側の選手に追い立てられたり、外側の選手にあっという間に置いて行かれる、という経験を積み重ねることでしか得られない「心技体」がある。
準決勝進出を果たした岸本鷹幸選手(法政大学)と、惜しくも予選敗退した今関雄太選手(チームアイマ)と安部孝駿選手(中京大学)は、それぞれに質の異なる「壁」にぶつかったと思われる。
しかし、どの「壁」を突き破るにしても、それにぶち当たった「痛み」に真正面から向き合いつつ、世界と戦いたいという「本物の気持ち」を持ち続けること以外に道がないことだけは間違いないだろう。

失敗学のすすめ (講談社文庫)

失敗学のすすめ (講談社文庫)

失敗と成長ないし発展の関係は、生物学で説明される原理である個体発生と系統発生の仕組みに似ています。人間の子どもは、母親の胎内で細胞分裂を繰り返し、魚類、両生類、他の哺乳類と同じ状態をプロセスとして通過しながら、最後に、ようやく人間の形にたどり着いて生まれてきます。(…)
この中の魚類、両生類、他の哺乳類に該当する部分は、失敗から生まれる知識に置き換えて考えることができます。つまりは、人類がその長い歴史の中で過去に経験したものでも、一個人が成長する上では、同じプロセスを必ず通過しなければならない「失敗体験」というものがあるという意味です。
(by畑村洋太郎氏)

今回の日本代表3選手は、いずれも初出場の若手である。
日本のファイナリスト(山崎一彦氏&為末大選手)も、初出場のシニアの世界大会(山崎氏が91年東京世陸、為末選手が00年シドニー五輪)ではいずれも予選で敗退している(岸本選手のコーチである苅部俊二短距離部長は20年前の東京世陸で準決勝進出!)。
偉大な先輩ハードラーがそうであったように、今回の代表選手達の体験も「成長する上では、同じプロセスを必ず通過しなければならない(by畑村氏)」ものとなるはずである。

すべての技術は、萌芽期、発展期、成熟期、衰退期を通ります。(…)
この法則は、「技術」を「組織」に置き換えてもそのまま当てはまります。つまり、企業もまた、萌芽期、発展期、成熟期を経て衰退へ向かう流れの中にあるのです。
この厳しい宿命を乗り越えるためには、新しい技術、新しい組織をつくる形で古いものとの置き換えを行わなければなりません。衰退の段階までに新しい萌芽をつくり、次の文化を築かないことには、その組織の未来はないのです。
若い社員たちの使命は、大きく分ければふたつあります。ひとつは今後、封印を守り続けること、そしてもうひとつは、封印が解かれるまでに、新しい封印技術の開発をしておくことです。
(前掲書より抜粋)

来年にロンドン五輪を控えるイギリスは、優勝したグリーンを筆頭に、48秒台のPBを持つ2名の若手選手がいずれも準決勝までコマを進めている。
さらに今季のイギリス国内ランキングの上位を概観すると、U23の選手達がこぞってPBをマークしており、着実に「新しい文化」を築きつつあることが見て取れる。
今回は下位に沈んだアメリカも、王国の威信にかけて巻き返しを図ってくるに違いない。
ジャマイカは世代交代を果たしつつあり、シーズンの関係で(北半球の)夏の大会に向けたコンディショニングにやや難があった南アフリカが2名のファイナリストを輩出したことなどを数え上げれば、今後のファイナルへの道も大変険しいものとなるだろう。
彼らに互して戦うためには、日本400mHの先人が築いた封印技術をしっかりと内面化しつつ、その封印を解くための新しい技術を確立しなければならない。
今回の決勝レースには、そのヒントが数多くちりばめられている。
世界のファイナリストを志す多くの日本人400mH選手の今後に期待したい。