気がつけば1月末日

moriyasu11232013-01-31

昨年9月14〜16日に行われた「第67回日本体力医学会大会」において下記のシンポジウムが開催された。

シンポジウム7 体力科学から見た幼児期運動指針
座長:内藤久士(順天堂大学大学院)
1)幼児期運動指針の概要(作成の背景・視点)と展開─文部科学省の立場から─
 白旗和也(文部科学省スポーツ・青少年局
2)健康づくりのための運動指針(エクササイズガイド)からみた幼児運動指針の位置づけ
 田中茂穂(国立健康・栄養研究所
3)幼児期運動指針に対する保育現場の期待と不安
 春日晃章(岐阜大学
4)幼児期の運動実践と普及啓発への提言 ―アクティブ・チャイルド・プログラム普及啓発の経験から─
 森丘保典(日本体育協会

質疑応答では、質問マイクの後ろに10人以上の参加者が列をなし、予定の時間を15分以上超過するほど活発な議論が展開された。
史上初の「1ヶ月更新ゼロ」を回避するため、このときの抄録原稿を援用することとしたい(最近こればっかり…)。

運動遊びやスポーツを「する・しない」の二極化傾向に拍車がかかっているといわれる昨今,1週間の総運動時間が60分未満の児童(小5)が,男子で約1割,女子で2割以上に及ぶことが指摘されている(文部科学省調査).しかし,これらの児童の6割以上が運動・スポーツをすることが「好き(やや好き)」と答え,半数以上が「もっとしたいと思う(やや思う)」と回答していることは,しない理由がそれほど単純ではないことを示唆しているといえる.
現在,日本体育協会が普及啓発を進めている「アクティブ・チャイルド・プログラム(ACP)」は,子ども達の「楽しい」を引き出し,それを「続けたい」に繋げるための運動(伝承)遊び実践の提案である.ACPの講習会で用いる教材(ガイドブック&DVD)は,主に児童に関わる保護者,教員,スポーツ指導者をターゲットとして作成されており,①子どもの身体活動の意義,②基礎的動きを身につけることの重要性,③遊びの紹介,④場・しかけの重要性という4つの柱で構成されている.
本来,子どもは日常生活や様々な遊びを通じて自然に多くの動作(動き)を身につけていくものであるが,今の子ども達を取りまく環境は必ずしもそれを保証していない.また,スポーツ活動に積極的な子どもであっても,日常生活の身のこなしや取り組んでいるスポーツ以外の動きの不器用さが見られることや,特定の競技種目に偏ることによるオーバーユースの問題なども指摘されている.ACPで紹介している遊びは,面白さをベースとした積極性を引き出すだけでなく,ウォーミングアップ等に活用することによる全面性の開発など,スポーツ活動への相乗効果も期待できる.
また,子どもの時期は,同年齢でも生まれ月や発育発達の遅速によって体力・運動能力に差がみられる傾向にある.ACPでは,走ったタイムや跳んだ距離などの「量」では測れない「動きの質(できばえ)」に目を向けることの重要性を踏まえて,「走・跳・投」という基礎的な動きを質的に評価するための「観点(目の付けどころ)」を提示し,その観察方法について解説している.これらの動きは,多様な動きが複合的に含まれる運動遊びなどを通して洗練されていくことが望まれるが,子ども達の「続けたい」を引き出すためには,「できた!」という成功や上達の喜びが感じられる機会を増やしていくことも大切である.
運動遊びやスポーツは,身体的,精神的および社会的な恩恵をもたらすといわれているが,家庭,学校および地域にある「時間,空間,仲間(三間)」を今以上に増やすことは容易ではない.ACPでは,この「限られた三間」のなかで活動の「質」を高めている実践事例を紹介し,それぞれの地域や環境に合ったオリジナルな「場・しかけ」の工夫を促している.
以上,ACPの概略を述べてきたが,幼児を対象とした場合でも,具体的な活動内容や配慮事項が異なるものの,普及啓発の基本的なコンセプトに大きな相違はないと考えている.
広義の「体力」を海面に浮かぶ氷山に見立てた場合,海面上に姿を現している一角としての「測れる(測りやすい)体力」と,水没して観察できない「測れない(測りにくい)体力」に分けられる.一般的な体力分類に基づけば,量的評価が可能な各種体力テストの結果などは前者に位置づけられるが,「動きの質」や「動機づけ」など量的評価が難しいものは後者に分類されるだろう.私たちは,子どもの体力について様々な角度からの分析を試みるが,分析とは,ある部分に「焦点化(注目)」するために,他の部分を「無視」する営みでもあるため,その結果は直ちに「氷山全体としての体力」に還元できるものではない.しかし,氷山の土台が安定していなければ水面上の一角も貧弱で不安定なものとなってしまうなど,土台にも一角にもそれぞれに意味があり,かつ相互に関わっていると考えられる.重要なことは,各種テストをはじめとする「観察」や「分析」に常につきまとう注目と無視の間を架橋するために必要なものは何かを問うこと,すなわち子どもの体力に関する多様な情報(データ)から問題の本質を読み解こうとする「知性」である.
子ども時代の身体活動・運動の「持ち越し効果」を考える上で,「生涯学習」という視点は欠かせない.この学習の要諦は,一人ひとりの人間が,生涯を通じた様々な身体活動と関わりつづける過程で,「体を動かすこと」が,どうしたら人々の必要や欲求から出発する「自由な需要(好きになる)」に育てることができるのか,それはどのような積み重ねをへて確固たる「人生の価値(大切なもの)」になるのか,さらにはそのことが「生涯スポーツ社会」の構築にどのように寄与するのかについて,我々大人がリアルに問い続けることにある.
(2012年9月15日 拙稿「幼児期の運動実践と普及啓発への提言 ─アクティブ・チャイルド・プログラム普及啓発の経験から─」より)

来月は更新がんばります。