博士の愛した数式

昼前に妻と子ども達が友人宅に遊びに行くのを見送った後、布団干しから掃除、洗濯をバリバリとこなし、ビールとジャンクフード(ドミノピザ)を傍らに侍らせつつ、録りためた映画鑑賞に興じる。映画を観るのは果たして何ヶ月ぶりだろうか…(映画館で観たのは忘れるくらい昔)。
博士の愛した数式」は、5年ほど前に刊行された小川洋子の同名小説を映画化したものである(実は、上司にこの本を借りているのだが、まだ読めずにいる)。
交通事故による脳の損傷で80分しか記憶がもたなくなってしまった元数学者である博士(寺尾聰)と、そこに雇われる家政婦(深津絵里)とその息子ルート(齋藤隆成)が織りなす心のふれあいを描いた作品である。

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

寺尾聰は、私の目標(?)とする佐藤浩市とともに偉大な父を持つ二世俳優であるが、気負いや力みのない、やわらかな演技のできる希少な俳優の一人だ。それにしても、齋藤君が、大人になったルート役である吉岡秀隆にそっくりなのには驚いた(正確に言うと吉岡の子どもの頃にくりそつ)。
博士の台詞に何度かぐっと来た。

  • 誰よりも早く真実に到達するのも大事だが、それよりも証明が美しくなければ台無しだ。本当に正しい証明は、一分の隙もない。完全な強さとしなやかさがある。それは矛盾せず調和しているものなんだ。
  • 真実の直線はどこにあるのか。それはここ(心)にしかない。物質にも自然現象にも感情にも左右されない永遠の真実は目に見えないんだよ。目に見えない世界が、目に見える世界を支えているんだ。肝心なことはここ(心)で見なくっちゃ。

家政婦の誕生日である2月20日(220)と、自分の時計のナンバー(284)は「友愛数」であり、これは神のはからいであると博士は言う。友愛数とは、異なる2つの自然数の自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数をいい、一番小さな友愛数がこの(220, 284)である。
こんなオシャレな口説き方があったとは…恐るべし博士…ちなみに博士は、家政婦を口説いていたわけではない(念のため…)。友愛数は60組ほどあるらしいので、記憶しておけばいずれオシャレに女性を口説けるかもしれない(うう、覚えられない…)。
エンディングは、ウィリアム・ブレイクの詩で締めくくられていた。

一つぶの砂に ひとつの世界を見
一輪の野の花に ひとつの天国を見
てのひらに無限を乗せ
一時のうちに永遠を感じる

時は流れない。
久しぶりに、心温まる映画を堪能した。