オリンピック開幕まであと4日

moriyasu11232012-07-23

ロンドン五輪の開会式まであと4日、陸上競技の開幕まであと11日となった今日、陸上競技の代表選手(第1陣)が事前合宿地のドイツ・フランクフルトに向けて出発した(ようである)。
今日(23日)現在の400mハードル(400mH)代表の今季世界ランキング&エントリーランキング予想(各国3名を上限)は以下の通り。

<男子>
 岸本 鷹幸(法政大) 48.41(世界5位 エントリー予想4位)
 中村 明彦(中京大) 49.38(世界34位 エントリー予想28位)
 舘野 哲也(中央大) 49.49(世界44位 エントリー予想32位)
<女子>
 久保倉 里美(新潟アルビレックスRC) 55.98(世界48位 エントリー予想38位)

ちなみに、48.67秒の自己ベスト記録(PB)をもつ杉町マハウ選手日本ウェルネススポーツ専門学校)が、日本選手権なら2位相当の記録(49.24秒)でブラジル選手権を制したものの、ブラジル陸連の派遣標準記録(49.17秒)を突破できずに代表選考から漏れるなど、各国の派遣状況によってはエントリーランキングが上がる可能性もある(下がることはない)。
今季世界ランキング5位(エントリー選手中4位)の堂々たる記録をひっさげ初のオリンピックに挑む岸本鷹幸選手が、昨年の世界陸上大邱大会の準決勝敗退後に寄せたコメントは以下の通り。

「(周りが)前半からものすごい速いスピードで行くのは予想できていたので、それに負けないようにと、なるべく自分も突っ込もうとしたんですけど。一番身をもって痛感したのは走力が圧倒的に違いすぎることですね。ユニバーシアードとかとはまったく別の次元の世界で、想像していたよりもものすごい速いペースで、自分の小ささを痛感しています。ショックを受けるようなタイムでした。ここまで悪いとは思いませんでした。
今回は内側(2レーン)からのスタートで追いかける立場だったのに、自分がどれだけ頑張って走ってもどんどん離れていくような感覚で、置いていかれるというのが分かりました。基本的な走力を上げないといけないので、上を見ながらやっていきたいです。今回は48秒を出すことしか考えていなかったのに、自分の走りどころか50秒もかかってしまって、本当に情けないと思いますね」
(2012年8月30日 スポーツナビ『準決勝敗退の岸本「走力が違いすぎる」=世界陸上男子400mハードル』より抜粋)

その大邱大会において、翌年にロンドン五輪を控えていたイギリスは、優勝したグリーンを筆頭に48秒台のPBを持つ2名の若手選手がいずれも準決勝までコマを進めていた。

今季のイギリス国内ランキングの上位を概観すると、U23の選手達がこぞってPBをマークしており、着実に「新しい文化」を築きつつあることが見て取れる。
今回は下位に沈んだアメリカも、王国の威信にかけて巻き返しを図ってくるに違いない。
ジャマイカは世代交代を果たしつつあり、シーズンの関係で(北半球の)夏の大会に向けたコンディショニングにやや難があった南アフリカが2名のファイナリストを輩出したことなどを数え上げれば、今後のファイナルへの道も大変険しいものとなるだろう。
彼らと互して戦うためには、日本400mHの先人が築いた封印技術をしっかりと内面化しつつ、その封印を解くための新しい技術を確立しなければならない。
(2011年9月7日 拙稿「大邱世陸・男子400mH決勝結果」より抜粋)

今年の日本選手権の決勝を走った男子8名中7名、女子8名中5名が大学生という若手の台頭を印象づけた日本の400mHも、徐々に「新しい文化(技術)」を築きつつあると見てよいと思われる。
ちなみに、今季50秒を切っている男子選手82名中14名が王国アメリカ、第2位に11名の日本がつづき、以下7名のイギリス、6名のジャマイカ、5名のドイツとなっている。

「ホッとしています。レースプランは静岡国際、(ゴールデングランプリ)川崎のようにいければと考えていたので、予定通りいけたんじゃないかと思います。プレッシャーは特に感じない性格なので、自分のやることをしっかりやるだけでした。ひとまず、代表権を勝ち取ることだけを考えていました。
(走っていて)今までになかった後半の感覚がありました。今までは頑張って進む感じだったんですけど、体重を乗せるだけで勝手に身体が進んでいくという感覚です。おそらく、日本選手権への意気込みだと思いますけど、気持ちの面が大きかったと思います。とにかく、やってやるっていう感じでした。
こうやって代表権を勝ち取ることができて、まずは身体をくれた両親に感謝したいなと思います。五輪は初出場なので、予選から準決勝にしっかり駒を進めることを意識してやりたいと思います」
(2012年6月9日 スポーツナビ岸本、400mHで五輪内定「気持ちの面が大きかった」』より抜粋)

一方、日本女子400mHの牽引者として世界大会で孤軍奮闘する久保倉里美選手は、昨年の世界陸上大邱大会の準決勝レース後に以下のコメントを寄せている。

レース構成もそんなに悪くなかったと思います。9台目でちょっと手前で足りなくて調整したんですけど、大幅なロスにはならなかったので前半ついていけなかったことが最後まで尾を引いたかなと。1レーンか、8レーンかなと思っていたんですけど、2レーンだったので、昨日(予選)の分もしっかり走ろうと思いました。昨日の状態よりはるかにいいアップの感じでスタートラインについたのに、昨日より記録が悪いのでちょっとトラックが合わなかったのかもしれないです。
前回の五輪のときは準決勝にいけただけで満足していた自分がいたけれど、今度はギリギリの通過でも準決勝は勝負だと思って昨日よりもいい状態で入れたので、そこは評価できるかなと思います。でも結果もタイムも全然よくないので、そこはまた来年に向かってしっかりやり直さないといけないなと思います」
(2011年8月30日 スポーツナビ『久保倉、準決勝敗退「トラックが合わなかった」=世界陸上・女子400mハードル』より抜粋)

その久保倉選手が、日本選手権で代表を決めた後に寄せたコメントを再録する。

「勝ててホッとしているのが正直なところです。チームのみなさんに感謝したいです。決勝のレースは自分の中でいいレースだったかというと、決してそうではないです。前半しっかり流れをつかむところが、今日の課題だったんですけど、なかなかうまくいきませんでした。ラストの勝負になればたぶん大丈夫だっていう準備はできていたんですけど、前半のところでいい流れをつかみきれなかったので、そこは課題だと思います。
北京五輪で準決勝に行ったときから、もう一回ここ(五輪)で勝負したいという気持ちが強くて、そのためにどうすればいいかを4年間練習してきました。本番では準決勝でどれだけ自分の力を試せるかを念頭に置いて、今回の日本選手権もそうですけど、課題が見つかった部分があるので、残り数カ月しかないけどじっくり練習したいなと思います。
五輪は自分だけの夢じゃないので、いろんな人の夢を乗せて私は走らせてもらっています。私が一番いいレースをすることが、一番の恩返しになると思うので、感謝の気持ちを込めて、これから一日一日を大切にしてやっていきたいと思います」
(2012年6月10日 スポーツナビ久保倉「勝ててホッとしている」女子400mHで五輪切符』より抜粋)

55.34秒のPBをもち、北京五輪世界陸上大邱大会と2度にわたって世界大会の準決勝を経験している久保倉選手が、予選〜準決勝をどのような流れで走るのかについても注目してみたい。

■為末のような多才さを持つ岸本
高校3年の時には、中学からやっていた110メートルハードルだけではなく、走り幅跳びでも高校総体青森県大会で6メートル91をマークし、優勝している。
「中学の時は先生にハードルをやれと言われて、大会に出たのは110メートルハードルだけだったけれど、遊びではいろいろやっていましたね。走り幅跳びも大会前にやって遊んでたし。高3の県大会の走り幅跳びの記録は、踏み切り板に乗ってなくて30センチくらい手前で踏み切ってたんです。関係者にはちゃんとやれば7メートル20〜30は跳べていたと言われました」(…)
岸本を指導する法大の苅部俊二コーチは「為末と同じような感じですね。彼は幅跳びも三段跳びもできたけれど、岸本も多分三段を跳べるだろうし、十種競技をやってもけっこういけると思いますね」と、運動能力の高さを認める。
そんな岸本が自分の種目を400メートルハードルに絞ったのは、高校3年の時だった。
「本当は短い距離の方が好きなんです。練習も疲れないし、カッコいいし。できれば110メートルハードルで今くらいの立場になれたらと思っていたんです。でも、インターハイの400メートルハードルで優勝しちゃったので、もうこれしかないなという感じで覚悟を決めました」
■躍進も記録に満足せず「恥ずかしい」
その後は、2008年10月の国体で高校歴代4位の50秒17を出し、続く日本ジュニアでも優勝。3冠を獲得して法大へ進んだ。
「大学へ来て、まず話したのはハードル間を5台目までは13歩にしようということでした。高2までは13歩で行っていたからできないわけじゃないし、15歩ではかなり詰まっていたから。それと逆脚で踏み切れなくて6台目から15歩になっていたのを、逆脚の練習をして14歩にしようと。上を目指すなら、1年かかってもいいということで」
苅部のアドバイスでその課題に取り組んだ岸本は、1年目に49秒86まで記録を上げた。そして2年目には49秒77に伸ばし、日本インカレで2位になった。
「その時は『学生で2番になったからいいかな』って満足していましたね。まだ大学生だから学生で勝負できてればいいやという考えで、欲もなかった。『卒業後は地元(青森)に戻って働けたらな』と思っていました」
大学3年になった昨年は、5月の静岡国際は49秒27で世界選手権(韓国・テグ)のA標準記録を突破。さらに6月の日本選手権でもA標準突破の49秒28で優勝し、世界選手権代表になった。それを岸本は「多分僕が一番ビックリしてたんじゃないですか。その次が親で……」と笑う。
だが日本選手権の優勝に満足したわけではなかった。彼を指導する苅部が現役の頃は、日本にも複数の48秒台の選手がいて、競り合っていた時代だ。世界のレベルも47秒台の選手が多くいて、世界大会では48秒台前半でも決勝へ進出できないほどのレベルだったと聞かされていたからだ。
「だから49秒28で優勝しても、全然うれしくなかったですね。『何だそれ、遅い!』っていう感じで。歴代の優勝タイムをみても49秒じゃ恥ずかしいし、為末さんの高校の時の記録(49秒09)より遅いですから。周りは喜んでくれていたけれど……」
そんな思いでいた岸本だが、本当に欲を持ったのは世界選手権を経験してからだという。準決勝へは進めたが、予選より記録を落とす50秒05で惨敗したからだ。直前のユニバーシアード(中国・深セン)では2位になっていた彼にとって、久しぶりに味わう屈辱感だった。
「レベルもそんなに高くなかったから、自分の走りができていればそこそこの勝負はできた。なのにあんなにズタボロにやられたんで……。試合が続いて練習ができていなかったというのはあるけど、悔しかったですね」
■今季好調の岸本「武器は精神面」
49秒台で世界へ行っても仕方ないと考えた岸本は、冬期練習で400メートルの金丸祐三大塚製薬)や200メートルで世界選手権に出場した小林雄一(NTN)と一緒に走るようにした。(…)
その効果で確実にスピードもアップし、今年5月の静岡国際では48秒88を出した。だが、それでも岸本は満足しなかった。周囲は日本人2年7カ月ぶりの48秒台に沸いたが、岸本は「48秒は出せたけど『(48秒)8台か。まだ遅い』と思って。知っている人からみればまだまだ低いレベルだから。注目されるうれしさはあったけど『ちょっとやめてくれ』という感じでした」と言う。頭の中にはコーチである苅部のベスト記録、48秒34というタイムもあったからだ。(…)
「少しでも苅部さんの世代に追いつきたかったので、48秒台前半くらいは出したいなと思っていたんです。でも今年はまず48秒5くらいを出せれば、少し足りないけどいいかなという感じでした。だから正直、48秒41までいったのは少し驚きましたね」
■自然に身に付けた距離感の鋭さ
苅部は、岸本の長所を山崎一彦(95年イエテボリ世界選手権7位)や為末タイプで、ハードリングがうまく、減速しないところだと説明する。だが本人は「自分では他の人とそんなに違っていないと思うし、そう言われてもどううまいのか分からない」と首をひねる。
「技術的なことは全然分からないけれど、どちらかというと自分の武器は精神面だと思っているんです。昔から大会では緊張しないで、いつでも自分の走りができるんです。練習では調子が悪くても、本番になると走りが変わって軽くなったりもするんです」
そんな度胸の良さに加え、「いつも直感で走っている感じだけれど、ハードルを跳んで着地した瞬間には次のハードルまでの歩数が分かるのも武器かもしれません」ともいう。瞬時に予定した歩数で届くかどうかが分かり、ダメなら歩数を変更できるのだ。
距離感の鋭さは、小さい頃に身につけた野性的な本能なのか。そう質問すると岸本は、そうかもしれないと答える。
「幼稚園から中学生の頃まではしょっちゅう山に行って、暗くなるまでずっと遊んでいたんです。木に登ったり、木から木に飛び移ったりして。そういう中で自然と距離感も身についたのかもしれませんね」
大人しそうな顔つきの岸本だが、中学まではまさに野性児だったと笑う。
「五輪は出たいかといえば出たかったけれど、今季一番狙ったのは記録で、五輪はそれほど意識してなかったんです。親からも『縁があったら出られるだろうけど、ダメだったらお前が弱いということだから』と言われて、自分もそう思っていたんです。でも今年は去年と違って一度記録を出してるから、挑戦者として堂々といけると思いますね。48秒41を出したのはもう過去の記録だし、もう一度出さなければ意味はないから。でも、まずは五輪という場を楽しむことが一番ですね。その上で勝負をできたら、最高だと思っているんです」(…)
■課題はスピードアップ
指導者である苅部はこれからの岸本の課題を、スピードアップだという。「これまで400メートルはまともに走ったことがなくてベストは48秒台だけど、今走れば46秒ちょっとくらいだと思います。それが45秒台になれば、本当に世界を狙えると思う」と。
岸本も「400メートルはきついからいいです。300メートルまでで」と苦笑する。だが「まだ専門的な知識が全然ないから400メートルとハードルは別の競技としか考えられないけど、将来的にはいつも45秒台中盤では走る金丸さんより、ちょっと遅いだけくらいの走力は欲しいですね。欲ではないけど、これくらいいけたらこうなるだろうな、というのは少しずつ考えられるようになりましたから。だから五輪では、少なくとも来年の原動力になるようなものは得たいですね。そうじゃないと、来年は間違いなくつぶれてしまいますから」
(2012年7月20日 折山淑美氏「野生児・岸本が挑む五輪 “欲”を持って世界へさらなる飛躍を=陸上」より抜粋)

「(400mの)走力」があることは400mHにとって大きなアドバンテージとなるが、一方で「専門的な知識」を積み重ねるほどに「400メートルとハードルは別の競技」と考えざるを得なくなるのもまた事実である。
いずれにせよ岸本選手が、2000年のシドニー五輪前の為末大氏がもっていた「ファイナリストを予感させる」雰囲気を身にまとった選手に成長したことは間違いない。
男子400mHの予選は日本時間の8月3日午後7時15分、女子は8月6日午前3時にスタート予定である。
お見逃しなく!