乳酸研究会

本日、会を重ねること4回目の標記研究会が、東京大学にて開催された。
昨年、演者として呼んでいただいただけでなく、下記書籍の執筆にも関わらせていただくなど、会の発起人である八田秀雄先生には大変お世話になっている。

乳酸をどう活かすか

乳酸をどう活かすか

フロアで発表を聞きながら、今更ながらあることに気づかされた。
今回発刊された本のタイトルは「乳酸をどう活かすか」である。このタイトルには、ひとつの欠落がある。
何か?
それは補語、すなわち「乳酸を」と「どう活かすか」の間にある<何に>の部分である。
無論、それは自明のこととして省略されている。我々で言えば、それは「スポーツパフォーマンスの向上」となるだろうか。
気づかされたことというのは、その「パフォーマンス」に関する議論(分析)が浅い(甘い)ということである(自戒をこめて)。
この研究会でも、「乳酸ってさぁ、上がった方がいいのぉ?下がった方がいいのぉ?」という質問が毎回のようになされる。
もちろん今回もあったが、この問いからは、筋で作られ、かつ使われるという乳酸の特性のみならず、我々が常に念頭に置くべき「パフォーマンス」すなわち「できばえの全体像」に関する深慮がすっぽりと抜け落ちている。
結論から言えば、乳酸が上がろうが下がろうが、「パフォーマンス」が悪ければだめだし、良ければおっけーである(だって競っているのはパフォーマンスだから)。
ここでいう「パフォーマンス」には、試合だけでなくトレーニングにおけるパフォーマンスも含まれるし、単なる記録や成績以外の数多のメルクマールも含まれた総体を意味している。
司会の八田先生から水を向けられたので、とりあえず自分の研究や実践から導出された今のところの(1秒後に変わるかもしれない)私見を申し上げるともに、上記書籍の宣伝もさせていただいた。
乳酸は、パフォーマンスの「中身」について、あれやこれやと思いめぐらすためのツールとして用いるものであって、上げたり下げたりすることを目指すものではない(当たり前だけど)。
我が上司であるI室長が、スピードスケートのレースやトレーニングの滑走後に選手自身が予測した乳酸値と実測値との間に相関関係が認められたというデータを示した(補足すると、自覚的運動強度(RPE)とより強い相関だったというのが面白い)。このことは、パフォーマンスという前提なしに乳酸の高低を論じることの無意味さを示唆している。
理論と実践を架橋するのは「身体」である。身体は、「理論と実践のあいだ」で「平仄があっている」ことを「気持ちいい」と感じることができる器官といえるだろう。
研究の内容を他人にインプットさせようと思ったら、ロジカルな語り口の中に、相手の「腑に落とす」という身体的な記号が必要になる。
我々の研究は、理論構築を目指すために限りなく理論的でなければならず、実践に還元するために限りなく実践的でなければならない。
「話のつじつまは合うけど、どうも腑に落ちない」という身体の「声」を聞きながら実践的研究を進めていく必要がある。