すゞしろ日記

すゞしろ日記

すゞしろ日記

東京大学出版会のPR誌「UP」に連載中の人気漫画が、ついに単行本になった(といっても8月…なぜ今まで気づかなかったのか…)。
2008年まで「UP」を定期購読していたのは、ほとんどこの漫画を読むためといっても過言ではない。
山口晃氏といえば、大和絵風の様式と現代の都市や風俗が融合したような異景を、超細密なタッチで描くことで知られる人気画家である。
山口晃作品集

山口晃作品集

その山口氏が、日々の雑感を落書きのように綴った漫画を集めたのが本書。
筆一本で身過ぎ世過ぎする江戸の絵師に似た趣きで、庶民的な出来事を面白おかしく描きとどめる。
一見ラフな筆に見えて、実は人物の特徴や場面を活き活きと写し出す手腕には脱帽するよりほかない。
「山愚痴屋」という屋号よろしく、愚痴や屁理屈めいた話題も多いが、飄然としたたたずまいに画家一流の鋭い観察眼、批評眼による風刺が展開されている。
一方で、我が身の愚かさ、情けなさを自虐的に描き、しばしば登場する「カミさん」との掛け合いも大変に愉快である。
「カミさん」の下着を洗濯し…ネタにして怒られ…とパワフルでマイペースな奥方に翻弄されている話にも、にじみ出る愛情を感じさせる。
圧巻は、食事シーン。
実に上手い(旨い?)。
サラッと描いただけのラフで、これほどの食欲を喚起させるのは、絵の上手さが際だっているからにほかならない。
細部まで描き込んだ絵を「上手い絵」と勘違いしている向きあるが、本当の絵の巧拙は線を減らしていったときにこそ表れる。
この本、第1回から第50回までの「UP版 すゞしろ日記」を漏らすことなく収録しているが、実はそれだけではない。
2004年の東京都現代美術館で開催された「MOTアニュアル2004:私はどこからきたのか/そしてどこへ行くのか」に登場した「元祖すゞしろ日記」をはじめ、「BRUTUS」「美術手帖」「プリンツ21」などに掲載された特別版「すゞしろ日記」も余すところなく収録されている。
また、「すゞしろ日記」だけではなく、モーニング25周年表紙原画(「週刊モーニング」2006年 第18号)や藝術カフェーの圖(「ぴあアートワンダーランド」2004年)さらには「斗米庵双六」 の完全版が収録されている。
紙質も大変良いものを惜しみなく使っており、手にした時のボリューム感だけでなく、実際の色彩も雑誌のものとは一線を画している。
出版を手掛けた羽鳥書店は、東京大学出版会から独立したて小さな出版社である。
手の込んだ仕事ぶりに、創業出版記念に当たる大事な作品としてこの「すゞしろ日記」を選んだという意気込みが感じられる。
B5判160ページものボリュームで、内容も超盛り沢山。
これは買いである。