ベルリン世陸・男子400mH決勝結果

moriyasu11232009-08-20

1位 Kerron Clement(USA) 47.91(WL)
2位 Javier Culson (PUR) 48.09(NR)
3位 Bershawn Jackson(USA) 48.23
4位 Jehue Gordon(TRI) 48.26(NR)
5位 Periklís Iakovákis(GRE) 48.42(SB)
6位 Danny McFarlane(JAM) 48.65
7位 David Greene (GBR) 48.68
8位 Felix Sánchez(DOM) 50.11

本命クレメントが、2007年の大阪世陸に引き続き2連覇を達成。0.8秒以内に7名がひしめく混戦であった。
世界王者経験者2名の間に割って入ったのは、プエルトリコのクルソン。先日の下馬評に挙げてなかったので(とほほ…)、一応フォローしておきたい。
クルソンは、年齢(25歳)からすると400mHの中では若手(中堅?)の部類に入るが、2003年(51.10秒)から毎年コンスタントにPBを更新してきており、昨年初めて48秒台に突入する。世界戦デビューとなった2007年大阪世陸(準決勝7位)および昨年の北京五輪(準決勝8位)における「準決勝(敗退)メンバー」という位置づけから、一気にメダリストまで駆け上がった。
さて、実際のレースである。
サンチェスは、1台目をリード脚の踵で引っかけ早くも脱落。最もスピードが上がっているこの局面での大失速は、力学的・心理的・生理的にもその影響は測り知れない。
クレメントは、1台目のアプローチでややもたつくも(いつもどおりだが)、それ以降は13歩の安定した走りで徐々に後続を引き離しにかかり、ゴードンやクルソンは13歩でそれに食らいついていく。
ジャクソンは、1台目でリードしつつもバックストレートで少しずつ遅れ始めるのが通例だが、今年から5台目までを14歩で走るスタイルに変えて(以前は15歩)前半の走速度が少し上がっているため、以前ほど前との差は開かない。
5台目は、クレメント、やや遅れてゴードン、クルソン、さらに遅れてジャクソンの順に通過。
上位陣は、レース成功のカギを握る中盤の走りも安定しており、5台目通過と同じ順番で8台目を通過。
3人のやや後方を走るジャクソンは、15歩が合い始める中盤から少しずつ前との差を詰めてくるが、オール15歩で走っていた05年世界陸上のときのように、前半で大きく遅れながら中盤以降で一気に全員をまくってくるほどの勢いはない。
去年までのクレメントであれば、8台目通過時点の後続との距離は、とても安全圏と言えるものではなかった。しかし、今年は最後まで13歩で押し切るレースパターンを確立しつつあり、この区間での著しい減速を回避することができている。とはいえ、H8-9、H9-10を13歩でクリアするため強引にストライドを出して走りが浮き気味になり、クルソンやゴードンに並びかけられジャクソンにも差を詰められるが、最も余力を残した状態で持ち前のスプリント力(100m;10.23秒、200m;20.49秒、400m;44.48秒。ちなみに110mH;13.77秒…ふぅ溜息)を活かし、ハードルのないH10-Fで再び後続を引き離して混戦を制した。
8台目まで13歩で快調に走り、以降14歩に切り替えて10台目ではクレメントに肉薄したクルソンが2番目でフィニッシュ。
レース前半から13歩で積極的にクレメントを追ったゴードンは、フィニッシュライン直前で、ヘルシンキ世陸の為末選手ばりのフィニッシュをみせた(さすがは)ジャクソンにかわされて惜しくもメダルを逃したが、今後世界の400mHをリードする存在になっていくことは間違いない。

短距離種目はそれぞれのレーンを走るから、他の選手と体はぶつからない。それでも、戦う相手は時計ではなく人間だ。「対人競技」と言ってもいい。同じ組で走る選手のリズムに影響されて自分のリズムを崩されれば負けだ。
特に400メートル障害は短距離種目ながら、走り幅跳びの助走を10回繰り返すような側面もあり、非常に微妙だ。同走している相手との間合いを測り損ねて前半で少し狂うと、終盤に大きく影響する。
今大会の男子で、世界選手権初出場の吉田和晃(順大)が予選で自己最高を出して準決勝に進んだ。7月のユニバーシアード後に欧州を1人で転戦した経験が生きたのだろう。予選落ちした成迫健児選手(ミズノ)は日本国内では素晴らしい記録を出すが、海外でその力が出ない。相手選手を気にしすぎて、リズムやフォームを乱すからだ。
世界のトップクラスは停滞しており、日本選手が再び決勝の舞台に立つ可能性はある。もっと海外で“出げいこ”を重ねて外国選手と走る経験を積むことが大事だ。悲観することはない。
(2009年8月20日 朝日新聞『短距離だって対人競技(山崎一彦の目)』より抜粋)

男子400mHにおいて世界の舞台で活躍した日本選手はといえば、海外での武者修行によって力をつけたハードル部長氏為末大選手などが想起される。
「対人競技」としての400mHにとって最も重要なトレーニングは、「自分よりも速い選手と(レースで)競走する」ことに尽きる。
高い緊張感のなかで、内側の選手に追い立てられたり外側の選手にあっという間に置いて行かれる、という経験を積み重ねることでしか得られない「心技体」がある。
そう考えれば、国内トップレベルの選手達が、より速い選手達に「稽古」をつけてもらう機会を求めて海外に出るのは、ある意味「必然」といっても差し支えないだろう。
だから今の選手達は、機会があればどんどん海外に出ていくべきだ、とは思う。
しかし同時に、国内を拠点に世陸&五輪ファイナリストという偉業を成し遂げた稀代のスプリンター高野進氏などの存在も看過できない。
もちろん、種目特性や時代背景、生理的・心理的な個人特性の相違を勘定に入れる必要があることも、十分承知しているつもりである。
と同時にハードル部長氏が、単に自分の成功経験だけを参照して“出げいこ”の重要性を主張しているわけではないことも理解している。
その上で、この問題は「行くべきか行かないべきか」という単純な二元論で考えるべきではない、と申し上げておきたい。
もし、周囲の勧めや中途半端な義務感から“出げいこ”に出たとしても、奏功しない可能性の方が高いだろう(もちろん奏功する可能性もある)。
重要なことは、その結果はさておき、それが自分にとって「ほんとうに(心底)」必要だと思える(思わせられる)かどうかである。
畢竟、「行きたい人は行くべきだし、行きたくない人は行くべきではない」という極めて当たり前の結論に行き着くが、これは「ま、好きなようにしたらいんじゃね(語尾上がり)」というニヒリズムとは似て非なるものであることを付記しておきたい。

世界と戦いたいという本物の気持ちを持つのは、実際に戦い、悔しさやその厳しさを知ってからでないとできないことだ。彼らは世界と戦ううえで、通りすぎることが許されない壁にぶち当たった。その痛みを肌で感じたからこそ、次のステップへと進めるのだ。
(2009年8月18日 折山淑美氏「【世界陸上】ボルトの進化と日本短距離界の未来〜通りすぎることが許されない壁(Web Sportiva)」より抜粋)

今回の大会において、初めて出場して準決勝進出を果たした吉田選手と、過去に惜しくも決勝進出を逃した経験(2005年ヘルシンキ世陸で10番目、2007年大阪世陸で9番目←記録的には8番目)のある成迫選手がぶち当たった「壁」は、恐らく「質」の異なるものだろう。さらに言えば、今回出場できなかった多くの選手達も、それぞれに質の異なる「壁」と向き合っているはずである。
しかし、どの「壁」を突き破るにしても、それにぶち当たった「痛み」に真正面から向き合いつつ、より高いレベルで戦いたいという「本物の気持ち」を持ち続けること以外に道がないことだけは、間違いなさそうである。
2005年のヘルシンキ世陸以降、準決勝通過記録の平均値は概ね48.4秒前後、8番目通過選手の記録は48.6〜48.8秒であり(今大会は48.77秒)、今の日本の400mHのレベルであれば十分に射程圏内である。
『悲観することはない(byハードル部長氏)』
成迫、吉田両選手の、そして世界のファイナリストを志す多くの400mH選手の今後に期待したい。