とりかえしのつかないこと

moriyasu11232008-08-07

日本人の自殺が一向に減らないようである。
6月に発表された自殺統計で、07年の自殺者の数は過去2番目に多い3万3093人に達していたことが明らかになった。
これで日本の自殺者数は、10年連続で3万人を超えたことになる。
自殺未遂者は、その10倍とも言われている。すなわち、毎日1000人からの日本人が自殺に追い込まれていることになる。
交通事故の年間の死者数が6000人台であることを考えると、安易に見過ごせない数字である。
06年に自殺対策基本法が制定され、政府も徐々に自殺問題に取り組み始めてはいるが、OECD加盟国中2位という高い自殺率は、いまだに改善の兆しが見えない。
秋葉原事件に触れた日記の一部を再録する。

あるネットの書き込みで知ったが、6月10日付けの読売新聞「編集手帳」に、同社編集委員によるものと思われる「世の中が嫌になったのならば自分ひとりが世を去ればいいものを…」という記述があったらしい。
遺族の心情吐露であれは共感できるが、仮にそれを慮ったものであったとしても(事実そのようではあるが…)、これが日本最大部数を誇る大新聞社の編集委員によって書かれたものであるという事実は看過できない。
この編集委員に「ひっそりと死ねばいい」といわれる「世の中が嫌になった」若者たちの多くは、それが単独であればもはや記事にすらならないほど頻繁に、ひっそりと死を選んでいるのである。そして今回の犯行も、そのような「世の中が嫌になった」若者たちの「暴発」であることを忘れてはならないだろう。
(2008年7月25日 拙稿「真相・原因の究明って?」より抜粋)

もちろん、秋葉原や八王子での凶行は絶対に許されるものではなく、犯人の罪が免責されるわけでもない。しかし、このような考え方が犯行に棹さしている可能性についてリアルかつクールに考量できる知性が、我々には求められているのではないだろうか。
「自殺」に関しては、その言葉の持つ否定的なイメージや、先の編集委員のような「自殺はあくまで個人の選択」という過った認識が災いして、国民的な議論がわき起こらず、メディアも必ずしも積極的には取り上げてきていない。
結果的に、対策らしい対策はほとんど行われていないのが現状のようである。
NPO法人自殺対策支援センターライフリンクでは、自殺者の遺族への聞き取り調査などをもとに、自殺に関する詳細なデータを分析した「自殺実態白書2008」を取りまとめた。
代表の清水康之氏は、これまで自殺に関する実態調査がほとんど行われてこなかったために、自殺に至る要因などが明らかにされていなかったが、この調査によって具体的な対策が立てられる素地ができたと述べている。
白書によると、自殺には主に「うつ病」「家族との不和」「失業」「負債」など10の要因があり、自殺者はその中から平均で4つ以上の要因を抱えていることが多いようである。
自殺者のうち約6割は何らかの形で相談機関に出向いているが、例えば、うつ病の相談を受けた精神科医が、多重債務を解決することはできないなど、一つの相談機関で複数の要因を取り除くことはできない。
6割以上が相談をしているにもかかわらず自殺を予防できていない理由については、自殺者が問題解決のために複数の相談機関に相談を持ち込む必要があり、自殺寸前まで追い込まれている人には、それだけの余裕がなかった可能性があると分析している。
理想的には相談機関の一元化が望まれるが、現在の体制下でも、各相談機関が連携を図れば、自殺は確実に減るだろうと予測する。
また、日本の自殺の特徴は、失業率や倒産率など経済的要因との相関関係が顕著だが、白書ではその背景に金融機関破綻による金融不安や貸し渋り貸しはがし、急激に進んだ構造改革などの影響があることが明らかなようで、つまり政策次第でまだ自殺を減らすことが可能であることを意味する。
清水氏は、この白書によって、生きるために手を尽くしたが最後に自殺しかないところまでに追い詰められている自殺者の実態が明らかになれば、自殺に対する偏見も変わるのではないかと期待を寄せている。
白書巻末「所感」の一部を抜粋する。

【自殺問題の中心は「ひと」である】
ひとつは、自殺問題の中心には、常に「ひと」が存在しているのだということ。誰かにとっての、親であったり、子であったり、配偶者であったり、あるいは兄弟や友人であったりと、確率や統計では決して表すことのできない「かけがえのない存在」が、常に問題の中心にいるのだということである。
対策に取り組んでいると、ついつい「(年間)自殺者数の増減」に目がいきがちになる。しかし仮に、去年より今年の自殺者数が少なくなったとしても、それは本質的な意味では「自殺が減った」ことにはならない。失われた命は二度と戻ることはなく、自殺者も自死遺族も、増え続けるしかないのである。日々「とりかえしのつかないこと」が起こり続けているのだという現実が、自殺問題のすべての前提としてあるわけだ。
(自殺実態白書2008・第二版『所感』より抜粋)

「多くの命が、私たち自身の今後の行動に委ねられている。」という清水氏の結びの言葉は重い。