明日は福岡国際マラソン

moriyasu11232011-12-03

「走り込みが足りているかと言うと、足りてはいない。手応えは五分五分」。国内招待選手で最速となる2時間8分37秒の持ちタイムを誇る川内だが、物言いは一貫して慎重だった。
世界選手権の3週間後に5000メートルで自己記録をマーク。一方で、40キロ以上走ったのは先月末の大阪マラソンだけ。十分に距離を踏んだとはいいがたいが、これは当初から織り込み済みという。川内は「レース前にこう言うのも何ですが…」と前置きした上で「すべては(来年2月の)東京のために頑張りたい」と打ち明けた。
福岡国際は3年連続出場となるが、昨年と一昨年は終盤に失速して2時間17分台。対照的に、ここをステップに走った東京では2年連続で自己記録を更新している。過去2年の流れを踏襲したのは、東京でこそ最高のパフォーマンスを発揮できるという判断だ。
「東京で勝負するためにも、速いペースに何とかついていきたい。自分の可能性を信じて頑張りたい」と、二段構えでロンドン五輪代表の座をうかがう“公務員ランナー”。仕上がり途上の段階でどんな走りをするか。(細井伸彦)
(2011年12月2日 産経ニュース『福岡国際をステップに東京で五輪切符狙う 公務員ランナー川内』より抜粋

母校SSH(スーパーサイエンスハイスクール)特別講演会「スポーツパフォーマンスと科学 ─文武両道の本質とは?─」にて川内選手と初対面を果たしてからすでに半年が過ぎた。
その間に世界陸上大邱大会や大阪マラソンほか数レースを経て、いよいよ明日ロンドン五輪選考会となるレースに挑む。
上記の記事を見る限り、今回のレースは来年2月の東京マラソンに照準した「トレーニング」として位置づけられているようである。
別の記事では、『1キロ3分ペースを30キロまで維持し、自己ベストを更新したい』というコメントが拾われている。

リディアードのランニング・バイブル

リディアードのランニング・バイブル

レーニングの究極のねらいは、簡単な話、自分が出場しようとしているレースをスタートからゴールまで、自分が目標としているタイムを出すために必要とするスピードで走りきるだけのスタミナをつけることである。
(byリディアード氏)

明日のレースは、キロ3分の「スピード」を維持するための「スタミナ」の現状を確認するための「予習(byザトペック氏)」トレーニングになるのであろう。

■負荷をかける練習は週2度だけ
(…)スピード走やロング走など、負荷が重い「ポイント練習」は週2度だけ。「実業団のように週に3度もポイント練習をするのは無理。そんなに集中できない。大切なのはメリハリと切り替えです」
水曜をスピード練習の日とし、主にインターバル走に臨む。例えば3分〜3分5秒の設定の1000メートルを15本。疾走の設定はきつくせず、むしろ、つなぎの緩走を大事にし、200メートルを遅くても60秒で走る。学習院大の監督だった津田誠一の教えで、心拍数をあまり落とさず次の疾走に入る。
土曜は駒沢公園(東京)に足を運び、大会などで知り合ったランニング仲間とロング走をこなす。1キロを3分30秒前後のペースで30〜40キロ。それ以外の日はジョグのみで、1キロ=5〜6分で15〜20キロをゆったり走る。休養日はつくらないが、メニューの組み方にメリハリを利かせている。
狙った大会の前は40キロ走を4、5回入れるが、スピード練習で1キロを2分台のハイペースで走ったりはしない。「僕のしていることは普通の市民ランナーでもできること」
(2011年12月3日 日経電子版『世界18位の市民ランナー マラソン・川内優輝 (上)』より抜粋)

母校の後輩達の面倒をみてくれている川内選手の勤務時間は、12時45分から21時15分。
平日のトレーニングは午前中にこなすが、月間走行距離はおおよそ600km。
実業団や箱根駅伝を目指す強豪大学の選手と比べれば2/3以下の量である。

■「自分で練習を考えるのが楽しい」川内独自のスタイル
世界選手権の代表に決まってからも、川内はそのスタイルを崩すことはなかった。50キロを走る隠岐の島ウルトラマラソン(6月・島根)は、40キロ走をやっておきたいと出場したものだ。だが、49キロ地点で意識を失って棄権した恐怖心はその後も残り、周囲からも止めておけという声が出たが、翌月7月3日の札幌国際ハーフマラソンにも思い切って出場。結果は63位だったが、心のモヤモヤを吹き飛ばすきっかけになった。さらに同24日の士別ハーフマラソン、同31日の釧路湿原ラソン30キロを走り、満足できる体調で世界選手権に臨めたのだ。
「元々、週2回のポイント練習以外はジョグでつないで、流しもやらないんです。だからそのポイント練習のひとつがレースですね。やっぱり相手と競ることによって考えることもあるし、レースによって展開も違うから、それをひとつでも多く経験しておくのも自分にとってプラスになると思うし。レースというのは良くても悪くてもすごく心に残るんですね。だから、自分自身を考えるには一番です」
ロンドン五輪を意識 大阪マラソンにも出場
こう話す川内は10月30日の大阪マラソンへ出場する。それは世界選手権出場が決まる前から計画していたことだ。12月4日の福岡国際マラソンで記録を狙うと考えれば、40キロ走をやるにはちょうどいい時期だからだ。
「大阪は第1回だし、東京、大阪、福岡の大都市レースを制覇するにはちょうどいいと思ったんです。それをやる人は市民ランナーならいっぱいいると思うし、レースを絞ることにもあまり意味がないと思うんで。その中でも記録的にいつもレベルの高い選手が出る福岡で、どこまで食らいついていけるかやってみたいんです」
ロンドン五輪も意識するようになった今、目標記録は2時間07分台。あわよくば2時間06分台も、と先が明確になった。世界がスピード化している今、せめてそのくらいの記録がなくてはメダルが見えてこない。今度世界へ行く時にはそういう力を身につけていたいし、逆に記録がなければ行かなくてもいいと思っている、とまで言う。
そんなロード中心の考え方は、トラックをほとんど走らないケニア人トップ選手にも似ている。それを言うと「それはありますね。彼らのコメントを読んでいると効率が大事だとか、抜く時は抜くとか、日本人は練習し過ぎだとか、『あっ、なるほど』と思うことが多いんです。もちろん実業団の練習で速くなる人もいるけど、そうでない人もいると思うから、何が自分に向いているかをしっかり考えればいいと思いますね」と答える。(…)
(2011年10月28日 スポーツナビ「生涯現役が夢」市民ランナー・川内が独自のスタイルを貫く理由=マラソン(折山淑美氏)』より抜粋)

世界選手権のレースから56日後(10月30日)の大阪マラソンでは、2時間14分31秒という自己3番目の記録で4位(日本人最高位)に入っている。
明日は、その大阪マラソンから35日後となる。
実は川内選手、2週間後(12月18日)の防府マラソンにもエントリーしている。
確かに、今までの「常識」では考えられないレース間隔なのかも知れない。
しかし「手持ちの度量衡(常識)」では考量できないものの存在を想定しないと「つじつまが合わない」場合に、その存在を仮説的に想定して「次につじつまが合わなくなるまで」使い続けることが本来的な「科学(的態度)」なのである。
『ポイント練習のひとつがレースですね。やっぱり相手と競ることによって考えることもあるし、レースによって展開も違うから、それをひとつでも多く経験しておくのも自分にとってプラスになると思うし。レースというのは良くても悪くてもすごく心に残るんですね。だから、自分自身を考えるには一番です(by川内選手)』
今のところ、川内選手の中ではこれで「つじつまが合っている」のである。
過去にも、高橋尚子氏が、ベルリンで世界最高記録をマークした1週間後のシカゴマラソンを走ろうとしたり、1シーズンで3つのマラソンを走るなどを企てたことがあったが(いずれも関係者の反対にあって頓挫)、これもマラソンを特別視する斯界の「常識」、否なによりも自分の「常識」を打破したいという「科学的態度」だったのかも知れない。

「僕はもともとマラソン大会に付随するものが好きだったんですよ。レースが終わったら、観光名所を訪ねて、おいしいものを食べて、温泉に入って。子どものころから家族で旅行がてら、あちこちの大会に出ていたけれど、楽しかったのはレース後です」
世界選手権(9月、韓国)の調整のために出た士別ハーフマラソン(7月、北海道)を終えると、1人で旭山動物園を訪れ、旭川でラーメンを味わった。そんな話を楽しそうにする。(…)
■夢は市民マラソン巡りを続けること
タイム設定は高くせず、きちんとこなせる速さにする。「目標を高くして『きょうもできなかった』の連続では走るのが嫌になる。メニューをこなした達成感、充実感が自信につながるんですから」。雑草のようなランナーがそうやって力を養い、世界選手権で走る(18位)までになった。
そんな立場になっても市民マラソンに盛んに出る。競り合いがある分、自分をとことん追い込めるレースを、最高の練習の場と考える。「大会が気分転換の場にもなるし」
とにかく川内は市井のランナーなのだ。「僕は生涯現役の市民ランナー。市民マラソン巡りを続けることが小さいころからの夢」。市民マラソンを取り巻く空気に触れると、生気がみなぎる。
(2011年12月3日 日経電子版『世界18位の市民ランナー マラソン・川内優輝 (上)』より抜粋)

川内選手につきまとう「市民ランナー」という枕詞は、実は日本の体育・スポーツの今日的課題を言い当てた表現ともいうことができる。

金の要らない誰でも出来る設備の要らない原則に基いて考えると駈ける事が宜しかろうと思ふ。之れは女子は男子程には行ふ事が出来ない。又老人や余り小さい子供は余程制限してやらねばならぬ。だから歩く程には広く行はれないけれども、歩く事に次いで行う運動は駈ける事である。(…)
幸いに日本は神社仏閣名所旧跡など風景の宜い所が甚だ沢山あるから、さう云ふ所を選んで置いて歩いたり、駈けたりして、さう云ふ目的地へ行って其処で種々道徳上為になる話をするとか、地理歴史の事柄を教えたり、或は農業工業商業に就ての知識を授けると云ふ風にし夫々年齢程度に応じ適当なる指導者が監督して実行したら随分有益なる仕事が出来やうと思ふ。
嘉納治五郎「国民の体育に就て」愛知教育雑誌(1917年)より抜粋)

嘉納氏のこのような考え方は、その弟子たち(※金栗四三氏野口源三郎氏など)によって後に長距離継走@東海道(すなわち箱根駅伝)へと継承されていく。

生涯スポーツ(大衆化)」と「競技力向上(高度化)」を両輪とするスポーツ振興が叫ばれて久しいが、我が国においても、一方では日体協と日本オリンピック委員会JOC)の再統合論を展開しながら、他方で国民体育大会の競技化批判がなされるなど、その矛盾や錯綜に無自覚な批判が散見され、スポーツの大衆化と高度化とをどのように関連づけていくべきかについての本質的な検討はほとんどなされていないのが現状である。
したがって、日体協創成期において国民体育の普及とオリンピック参加が何故に「楽観的に」結び付けられたのかについて、その後の嘉納の考え方の変遷を追いつつ、両者の関係における組織的対応の在り方やその発展と矛盾をどのように捉えるべきかという課題の今日性を考えてみる必要もあるだろう。
(2011年10月24日 拙稿『体育・スポーツの今日的課題(その2)』より抜粋)

箱根駅伝を経験し、その後も「市民ランナー」に拘りながら、同時に日本陸連の強化指定選手としてロンドン五輪を目指す川内選手は、まさに「国民スポーツ振興(大衆化)」と「競技力向上(高度化)」を結節するという嘉納の思想を体現しているといっても過言ではない。

日本記録保持者で現カネボウコーチの高岡寿成氏(41)は「失敗を恐れないチャレンジ」が再浮上のカギと語る。(…)
――陸上関係者から「最近の選手たちはマラソンをやりたがらない」という嘆き節を聞くことが増えた。
谷口浩美さん(1991年東京世界選手権金メダリスト)ら諸先輩とも話すが、今の選手たちは失敗を恐れすぎているように思う。1回目から成功しなければいけないという意識が強すぎて、なかなかマラソン挑戦に踏み切れない選手が多いのではないか」
「守るものなんてないのだから、失敗すればいい。私が指導を受けた伊藤国光・前カネボウ監督は、初マラソンの記録が2時間31分5秒だった。あの瀬古(利彦)さんだって最初は2時間26分かかってるんですよ」
――夏まで1年間、米国にコーチ留学していた。選手強化の視点で参考になったものはあるか。
「米国のマラソンはシカゴのような高速レースだけでなく、ボストンやニューヨークシティのようにペースメーカーがいないレースもある。日本のマラソンは記録を出すことばかりに重きを置いていて、結果として平たんな同じようなコースばかりになっている気がする」
「もちろん、ボストンやニューヨークは記録に変わる魅力として高額の賞金があるが、選手たちも起伏が大きかったり、後半にきつい坂のあるコースを選んで練習する。結果として五輪や世界選手権のマラソン、トラック種目でメダルを取ったり、入賞したりと存在感を示している」
「これも米国ならではの理由と言えるかもしれないが、代表選考はマラソンに限らずいつも一発勝負。どんなに強くて実績がある選手でも、その試合で結果を残せなければ選ばれない。そういうシビアな条件の中で、ピンポイントで調子やコンディションを合わせるピーキングの腕が自然と磨かれているように思う」
■環境が充実しすぎて、逆に課題が…
――日本はどうか。
「調子の出来不出来が大きいように感じる。例えば、中長距離の選手の自己ベストは、ほとんどが日体大記録会で出されたものだと思う。毎月のように行われている記録会で、体調が悪ければ回避して次の機会を待てばいい。でも、これでは本当の実力は図れないし、真の力もつかない。マラソンもそうだが、日本は環境が充実していてレースが多いことが、逆に課題をぼやけさせている面があるかもしれない」
――高岡さんのころとは世界のマラソン勢力図も一変した。今はケニア全盛期で世界の20傑をほぼ独占している。日本選手が戦意喪失するのも無理もないかも。
「簡単には状況は変わらないだろう。でも、その中で勝負したいという気持ちを持ち続けなければいけないし、僕の留学先だったクラブも白人選手たちはアフリカ選手と本気で勝負するための練習をしていた。あきらめたらそこで終わり。どこかにチャンスがあると思って取り組むしかない」
「今は五輪や世界選手権でも入賞が目標になっている。確かに入賞でも立派だけれど、やはり日本のマラソンはメダルが目標であり続けてほしい。目指すところによって、レースのやり方も練習も全然変わってくる」
■代表選考の年は記録向上の傾向
――五輪選考の3レース(12月福岡、来年2月東京、3月びわ湖毎日)では1キロ3分0秒にペースメーカーが設定された。ゴールタイム換算では2時間6分台になる。
「多くの選手にとって自分には速いと感じるペースかもしれないが、やはりそこに踏みとどまって戦うべきだ。怖がらずに果敢に挑戦してほしいと思う。そのためには、まず練習から1キロ3分で走るためのメニューに取り組むこと。そうすることで、壁のような感覚も取り払われていく」
(2011年11月30日 日経電子版『マラソンニッポン、復活のカギ 高岡寿成氏に聞く』より抜粋)

おお拙稿「失敗のススメ」にご登場いただいたカネボウ陸上競技部高岡寿成コーチが、現役選手達に「失敗を恐れないチャレンジ」を勧めているではないか。

失敗学のすすめ (講談社文庫)

失敗学のすすめ (講談社文庫)

失敗と成長ないし発展の関係は、生物学で説明される原理である個体発生と系統発生の仕組みに似ています。人間の子どもは、母親の胎内で細胞分裂を繰り返し、魚類、両生類、他の哺乳類と同じ状態をプロセスとして通過しながら、最後に、ようやく人間の形にたどり着いて生まれてきます。(…)
この中の魚類、両生類、他の哺乳類に該当する部分は、失敗から生まれる知識に置き換えて考えることができます。つまりは、人類がその長い歴史の中で過去に経験したものでも、一個人が成長する上では、同じプロセスを必ず通過しなければならない「失敗体験」というものがあるという意味です。
(by畑村洋太郎氏)

我々は『人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと、または望ましくない結果が生じること』を「失敗」と呼ぶが、失敗には「よい失敗」と「わるい失敗」があり『未知の事象に突き当たり、失敗することによって進歩・発展するのは「よい失敗」』であると畑村氏は言う。
そもそも『一個人が成長する上では、同じプロセスを必ず通過しなければならない「失敗体験」というものがある(by畑村氏)』とするならば、そこには「体験の必然性」があるだけである。
明日の12時10分、福岡の地でロンドン五輪に向けた「予習」が始まる。