ケニア!彼らはなぜ速いのか?

ケニア! 彼らはなぜ速いのか

ケニア! 彼らはなぜ速いのか

1963年に独立し、1964年に共和国となったケニアは、東京五輪に初出場して以来、アテネまでの夏季五輪陸上競技で計54個のメダルを獲得しているが、そのうち中長距離種目によるメダルは実に50個に及ぶ。そしてケニアが1980年代以降の五輪と世界選手権において獲得した中長距離種目のメダルのうち、約40%がカレンジン族によるものであるという(ちなみに、北京五輪で活躍したワンジルヌデレバは、人口が一番多いキクユ族である)。
この、世界人口の0.05%、ケニア人口の10%に過ぎないカレンジンという部族が、メダルを独占している背景にはあるものは一体何か?。
著者である忠鉢氏の取材は、その疑問から出発している。
ケニアンランナー(カレンジン族)の強さの秘密に関しては、既に欧米を中心とした研究者による様々な研究や分析がある。
本の帯にはこうある。
「速さの秘密は?遺伝?食生活?心肺機能?通学距離?最大酸素摂取量?筋肉のエネルギー代謝自然淘汰による進化?酸素消費量?水分補給?脂肪のエネルギー化?膝下の長さと容積?体重の軽さ?メンタリティ?練習量?キャンプという仕組み?ハングリー精神?人間性?酸素の働き?歴史?モチベーション?知性?筋肉の質?…」
忠鉢氏は、その謎を解くために、ケニア各地(カプサイト、モンバサ、エルドット)はもちろん、グラスゴーコペンハーゲン、ロンドンに、選手、コーチ、科学者、エージェントなど様々な関係者を訪ねあるき、実際にトレーニングにも参加する。
実は日本でも、実業団で活躍しているケニアの選手達を様々な角度から科学的に分析するというプロジェクト研究を進めている。
私もそのプロジェクトの末席を汚しているが、そのさなかにこの本に出会い、その内容に感銘を受けて、矢も楯もたまらず、北京五輪前に400mHの取材を受けた朝日新聞の記者を通じて氏にコンタクトした(忠鉢さん、また飲みませう)。
氏は「次はジャマイカのスプリントを取材したい」そうである。
これは、単に北京五輪を席巻した新スプリント王国を見てみたいといった浮ついた野次馬根性ではもちろんなく、人間の能力を最大限に引き出す環境やトレーニングがいかなるものかについての思索をさらに深めたいという氏の問題意識からわき上がった欲望に違いない(ジャマイカについては8月21日に関連)。
住み慣れた環境で、周囲の応援や激励のもと、人間の持つ本質的な仲間意識や競争意識を涵養しながら、一方で名を成し功を成し、豊かな生活を獲得したいという野望やハングリー精神をも併せ持つという、内発的、外発的動機づけに後押しされた多くの国民が、トップアスリートを目指してひたすら走り続ける。
ケニアやジャマイカの強さの本質は、そこにこそあるのだろう。
本のエンディングはこう締めくくられている。

これは結論のでない謎解きのストーリーだ。今現在も、絶対的な答えは出ていない。カレンジンの速さは謎のままだ。
学者として挑むこともできる。ジャーナリストとして探ることもできる。それはカレンジンランナーにレースを挑むのと同じくらい、やりがいと興奮に満ちた挑戦になるだろう。
この本は、入り口を示したに過ぎない。
(前掲書より抜粋)

酸素、栄養、水分といった、人間が生きていくために必要なものを「腹八分」で供給するのが当たり前の状況でトレーニングを「生活化」している「肉体」に、恵まれた環境と生活が提供されている我々の「身体」は果たしてどこまで近づけるのか?
カレンジンには、こんなことわざがあるらしい。
「優れた農夫も、そうでない農夫も、自分の土地しか耕せない」
持っているもので、できる限りのことをやるしかない。
言い換えれば、持っているもの(肉体)に対して、できる限りのこと(トレーニング)をしているのかが問われている。
険しい道のりではあるが、やりがいと興奮に満ちた挑戦になることは間違いなさそうである。