全米陸上競技選手権

moriyasu11232010-07-17

先月23〜27日、アイオワ州デ・モインにあるDrake University内のDrake Stadiumにて、全米陸上競技選手権大会が開催された。
この大会では、5日間かけてジュニアとシニアの選手権を同時開催しているようである。

男子400mH決勝(←映像はコチラ)
1位 Bershawn Jackson(Nike)47.32
2位 Johnny Dutch(South Carolina)47.63
3位 Michael Tinsley(adidas)48.72
4位 Justin Gaymon(Nike)48.85
5位 Jeshua Anderson(Washington State)49.14
6位 LaRon Bennett(unattached)50.15
7位 Adam Durham(unattached)50.47
8位 David Aristil(South Florida)50.57

バーション・ジャクソン選手が、2005年にマークしたパーソナルベスト(PB:47.30秒)に肉薄する47.32秒で優勝。
2位のジョニー・ダッチ選手は、昨年の全米選手権で当時のPB(48.18秒)をマークして3位に入り、400mH王国の代表としてベルリン世界陸上を経験している(結果は準決勝敗退)。
日本風に言えば「平成生まれ」の若手であるが、ここにきて一気に47秒台の中盤まで記録を縮めてきた(110mHも13.50秒で走る)。
さすがは王国、次から次へと凄い選手がでてくる(だから王国なんだけど…)。
ジャクソン(27歳)、クレメント(24歳)、ダッチ(21歳)…王国は当分安泰である。
ジャクソン選手のPBは、2005年のヘルシンキ世界陸上でマークしたものだが、このときはラストの直線で驚異的な追い上げをみせての優勝であった。
同レースで銅メダルを獲得した為末大選手に、1年間のハードル封印を決意させたレースでもある(冒頭写真)。
ちなみに、このときの8台目ハードルからフィニッシュまでの区間タイムは、為末選手の14.75秒に対してジャクソン選手は13.71秒。
この区間だけで言えば、およそ8mの大差がついていることになる。
このときジャクソン選手は、3台目ハードルまでの2区間を13歩、それ以降を15歩で走るというスタイルで世界チャンピオンに上り詰めた。
そして、このヘルシンキ大会以降は、すべてのインターバルを15歩で走破するというスタイルを定着させていたが、5台目の通過がレース毎に0.8秒もの範囲でぶれるなど、前半の走りに今ひとつ安定感がなかった。
身長が170cmで小柄とはいえ、前半の15歩で詰まって中盤までにかなりの遅れをとるため強引に追い上げていくという流れになり、最後の直線でのストライド調節がずれてハードルを引っかけるなどのミスが散見されていた。
もちろん、そのデメリットを補ってあまりある後半の爆発力によって、常に世界のトップレベルを維持してきた。
しかし、2007年大阪世界陸上では、中盤から徐々に追い上げて決勝進出はほぼ間違いないと思われた瞬間、10台目のハードルをリード脚の踵で引っかけてバランスを崩すという「まさかの失速」により準決勝で敗退する。
その翌年の 北京五輪では、アンジェロ・テイラー選手、ケロン・クレメント選手とともにUSAの表彰台独占を演出するが、往年の爆発力はやや影を潜めた感があった。
そして、昨年のベルリン世界陸上では、ついに5台目まで14歩で走るスタイルに変えてくる。
このレースでは、いつものように1台目をリードし、2台目以降も以前ほどトップとの差は開かなかった。そして、15歩にする5台目以降から少しずつ前との差を詰めていったが、2005年世界陸上のときのように中盤以降で一気にまくってくるほどの勢いはなかった。
まだ、14歩が「しっくり来ていない」という印象だった。
そして今回、再び「15歩」に戻してきての優勝&好記録である(動画みられました to USATF)。
今後は、このパターンを貫くことになるだろう(たぶん)。

第94回日本陸上競技選手権大会 男子400mH決勝(←映像はコチラ)
1位 成迫 健児(ミズノ)49.01
2位 河北 尚広(石丸製麺)49.63
3位 小池 崇之(ミズノ)49.76
4位 今関 雄太(チームアイマ)49.81
5位 秋本 真吾(チームアイマ)50.28
6位 矢野 秀樹(新潟アルビレックスRC)50.44
7位 井原 直樹(モンテローザ)50.78
8位 安部 孝駿(中京大)51.16

日本の男子400mHのエポックメイキングの端緒は、1978年の長尾隆史氏の49秒台突入(49.59秒:同年世界ランク(以下世界)11位)にある。
そして、15年の歳月を経て、1993年に斉藤嘉彦氏(48.68秒:世界9位)と苅部俊二氏(48.75秒:世界11位)による48秒台突入。1995年世界陸上イエテボリ大会での山崎一彦氏の7位入賞(予選で48.73秒:世界7位)、そして為末大選手の2001年世界陸上エドモントン大会(47.89秒:世界3位)および2005年世界陸上ヘルシンキ大会(48.10秒:世界8位)銅メダルなどをエポックメーキングとしながらパフォーマンスを向上させてきた。
また、2006年大阪グランプリにおいて、成迫健児選手が日本人で2人目の47秒台(47.93秒:世界4位)を達成する。
第1回の世界陸上が開催された1987年から2006年までの20年間にわたる世界10傑平均を概観すると、1988年の47.86±0.53秒を最高値として、現在まで47秒台後半から48秒1〜3台を推移している。
一方、日本10傑平均は、1987年が50.61±0.69秒と世界から約3秒もの差を付けられていたものの、1993年には50秒を切り(49.91±0.88秒)、05年には49.20±0.73秒(世界平均との差は1.39秒)まで短縮するなど、着実に世界との差を縮めているとみることができる。
長尾隆史氏が49秒台に突入したころ、日本の400mHの10傑平均記録は、世界10傑平均との間に約4秒もの差があった。
その後、1993年に初めて2秒を切り、ここ10年間は1.5〜2秒の範囲に収まっている(ちなみに2009年は1.44秒差)。
これは、アメリカ、ジャマイカの二大王国につぐものである(たぶん)。

『世界ジュニア陸上男子400障害 安部 初の国際舞台』
第13回世界ジュニア陸上選手権(19―25日・カナダ)の男子400メートル障害代表の安部孝駿中京大1年、光南高出)。(…)
鍛え抜かれた189センチ、79キロの体はトラックに立つと圧倒的な存在感を放つ。世界ジュニアの調整の一環で出場した4日の岡山県選手権。「春先に比べ後半も楽に走れるようになった」。6台目までハードル間を13歩で押すスケールの大きな走りで圧勝、フィニッシュタイムは今季ベストの50秒80だった。
光南高3年の昨年、インターハイと国体の2冠を達成。国体の決勝で出した50秒11の自己ベストは日本高校歴代4位に相当する。(…)現在は土台となるスプリント力の向上に重点を置き「練習をしていても強くなっている実感がある」と安部。6月初めの日本選手権は学生で唯一ファイナリストに名を連ね、8位入賞した。
今季の世界ジュニアランキングは5位。「決勝に残り、3位以内に入る」という目標は、その実力をもってすれば越えられないハードルではない。過去に表彰台に立っているのは第1回大会(86年)2位の垣守博(中大)と第3回大会2位の斎藤嘉彦(法大)だけだ。昨年末に負った左足首のけがの出遅れを取り戻し、上り調子で大一番を迎える。「49秒台も狙えると思う」。待望のタイムでゴールを駆け抜けたとき、18歳の胸に日本人3人目のメダルが輝く。
(2010年7月14日 山陽新聞より抜粋)

おお、ここにも「平成生まれ」の若手が…
前出のダッチ選手は、2008年の世界ジュニア選手権で銀メダル(49.25秒)を獲得。
安部選手のポテンシャルを以てすれば、この程度の記録は十分に射程圏内である。
世界ジュニアは、あくまでもシニアへの登竜門。
前半から積極的に攻めるレースに期待したい。